オータムウォーズ
「ははは、それは大変だったね」
「笑い事ではないんですけど…」
夜になり、OZのとある空間に健二はいた。コミュニティ広場の一室――入室に制限がかけられている部屋には、結局あのまま使用することになった不細工なリスの姿と、不思議なゆるキャラの姿があった。
分かりやすく言えば、健二と理一だ。
サイバーテロ対策にスカウトされたのは冗談だと思っていたが、理一側も結構本気なのか分からないが、あの家にいる間も、そしてその後も何故かこうして話をする機会が増えている。
一人っ子の健二としては、年は離れているが兄ができたようで、それもどこか嬉しいのは事実だ。
「結局クラスにいっても、最初は皆に言われて…」
「でも先生から、説明はあったろ?」
「あ、はい」
健二は少し驚いた。何故それを理一が知っているのだろうかと聞く前に、理一が笑う。
「詳しくは言えないけれど、公的機関でのフォローはちゃんと話をされているし、詳細は知らないだろうけれど当然学校にもきみの住んでいる市役所や市長にも話はいっているはずだよ」
「そ、そうなんですか」
「多分、きみの両親宛には連絡があったんじゃないかな」
「あ」
夏が終わり、久しぶりに母親と顔を合わせた。仕事で忙しいのは相変わらずで、話をしようと思っても、なかなか今までの生活リズムは崩せない。
まずは挨拶からだと、あの家にいた間はずっとしていた簡単な挨拶をしてはみたが、具体的にそんな話をするところまではいっていない。
「…頑張らないと」
「それって、夏季ねぇちゃんのこと?」
「うわぁっ!」
突然入ったもう一つの声に、健二は正直に悲鳴をあげた。
入ってきたのは、ウサギの耳に、再び取り戻した黄金色のベルト――キング・カズマこと池沢佳主馬だ。
「か、佳主馬くん!?」
「あれ。早かったね」
「…別に」
驚いていないのは理一で、理一が健二に説明をしてくれる。
「この会話、うちの親戚であって男子であれば入れる設定になっているんだ」
あの屋敷を後にするとき、それぞれのアカウントを教えてはもらった。OZにログインすれば、それぞれの状況などは分かるようになるが、こうして実際に集まって話をしていると、くすぐったい様な、不思議な気がする。
(けど、男子限定なんだ)
理一のアバターが告げた制限に、思わず健二は画面の前で苦笑いを浮かべた。
最初の頃に言っていたが、確かに陣内家は女性が強い。女性の前では、男性の存在など霞のごとしだ。
「明らかに、からめ手だよね」
佳主馬が独り言のように、だが視線を理一に向けて呟いた。
(からめ手?)
理一があの、掴みどころの無い笑みを浮かべていることは、ゆるキャラの表情に表れていなくとも、想像がついた。
「そんなに引っ張りたいの?」
「もったいないしね」
二人の会話の内容は分からないが、健二はそのやり取りを聞きながら、やはり不思議な気分から抜け出せない。
理由はとにかく多すぎて絞れない。
目の前に居るのがキング・カズマだとか、自分に、学校とは関係のないコミュニティが出来たとか、それが夢ではなく目の前に本当に存在していることとか、理一と佳主馬が今普通に会話をしていることもそうだ。
ふと太助の言葉が蘇る。
『無口で、ちょっと表情が分からないから――』
健二の顔に、自然と笑みが浮かぶ。
自分があの親戚の中にどこか心地よさを感じたように、佳主馬もそう思っていたのであればどこか嬉しいと思った。
「で、どうなの?」
「は?」
「そうそう。俺もそれ聞きたいな」
「は、えっと」
「夏希ちゃんとのこと」
「!!」
健二はひっくり返りそうになったが、しかし逆に言えばまともな相談相手など学校に居る訳がないのも事実で。
カズマは胡乱な目で、理一のアバターを見つめている。
「……」
健二は迷ったが、キーボードをゆっくりと打ち始めた。
状況を説明し終わった瞬間、まずは佳主馬から単語が来た。
「何それ」
「うっ」
ひるんだ隙に、畳み掛けるように会話が重なってくる。
「まぁまぁ佳主馬くん」
「あーまぁでも分かるよな。お前もだいぶ奥手だったし」
「はぁ!? 俺の話は関係ねぇだろ」
「は、え?」
気づけば同じ空間にアバターがだいぶ増えている。時間は11時。
確かに皆が自宅に居る頃ではあったが、まさか頼彦に邦彦までやってくるとは。
(いや、多分OZで何かをしているついでなんだろうけど)
そして、皆からの駄目だしに、今更ながら頭を抱えたくなる。
情けないことは自分でも分かっている。夢かどうかも確かめられないまま、結局今日は夏希と会ってすらいない。
朝、あの挨拶を夏希がしてくれたのと、昼休みにばったり出会ったことくらいだ。
ただでさえ声をかけられるような性格でもないのに、今は色々と引け目がある。
「けど他人の目を気にしていたら、一向に進まねぇだろ」
「あ、でも夏希って学校では結構もててるんじゃなかったか? 翔太が前騒いでたろ」
「でも、ひとまずこのタイミングでちゃんと声はかけたほうがいいよ。会話もないと、お互いにより誤解を生むからね」
「おおー」
「おおー」
頼彦・邦彦兄弟から感嘆の声があがる。
「さすが、理一」
「こいつは昔から馬鹿みたいにもててたしなぁ」
「…でも、独身なの?」
「もてすぎってやつだろ」
理一はそれらには返さず、もう一言健二に告げる。
「明日、ちゃんと一言でもいいから健二くんから話をするんだよ」
「…はい」
「華やかな会話や盛り上がる必要ないんだから。多少の謎と、挨拶できる程度の勇気があれば、人生も明るくなるよ」
健二は、苦笑いを浮かべながらその勇気すら持てないかもしれないと思いつつ、その晩を終えた。
騒がしい、かみ合わない縦横無尽の会話は、それでもどこか健二の心を少しだけ軽くしてくれていた。