オータムウォーズ


(憂鬱だ――)
 まだ夏の暑さも残る9月1日。
 小磯健二はその気持ち通り、ゆっくりとした足取りで歩いていた。ゆっくりと歩けば歩くほど、肌を焼くような日差しが体温を上げていく。
 悪循環だ。
 分かってはいるものの、足はこれ以上早く動かなかった。
 8月31日には終わってしまった。それは学生にとって、夏休みの終わりを意味している。
 健二にとって、今年の夏休みは17年間生きていた中でもっとも忘れがたい夏休みとなった。沢山の出会い、事件。
(結局、ほぼ夏一杯長野に居ちゃったな…)
 お通夜だお葬式だ、あの事件に関わった一家としての事情徴収。
 そしてそれから行われた、屋敷の復興作業。
 引き止められたこともあるが、帰るタイミングなど見つかる訳もなかった。
 さすがに仕事を持っている男性陣はお葬式まで終わると、出たり入ったりとなかったが、それでも多くの人数があの屋敷にとどまった。
(賑やかだった)
 思い出すと、どこか優しい気分になる。
 一番印象深かった人物とはもう会えない。だが逆に考えれば、一度でも会うことができてよかったのかもしれない。
(夏希先輩が今年誘ってくれて、本当によかっ――)
 そこまで考えて、健二はただでさえ遅い歩みを止めた。
 ミーンミーン、とまだ全力で鳴き声をあげるセミの声を聞くこと数秒。
(あああああああああ)
 心の中で健二は絶叫した。
 この場でしゃがみこんでしまいたい。
 あの場所から戻り、色々と我に返った。
(ぼ、ぼぼぼ、僕は本当一体何を…)
 あの夏希とひと夏を一緒に過ごしてしまったこと。
 手をつないだこと。
 さらに、ドサクサとはいえ告白をしてしまったこととか。
 色々なことが一気にめぐり、どんな分不相応な夏だったのかだとか、自分の行動とかが一気に信じられなくなる。
「何やってんだ」
「うひゃあ!」
 かけられた声に振り向けば、立っていたのは同じ部活仲間である佐久間だ。
「よ。なんだ、嬉しそうな顔しちゃってまぁ」
「…は?」
「嬉しいんだろ。あの憧れの夏希先輩をまさかさー」
「うわーっっ!」
 絶叫するような悲鳴で健二はその後をかきけす。慌てて佐久間の口を封じる顔は、半泣きだ。
「い、言わないでよっ。もう学校目の前なんだし」
「は?」
「…夢かもしれない」
「なーにいってるんだって」
 いまいち空気を読めない友人はけらけらと笑う。
 昨晩から健二の頭を離れない考え。
 それは――。
「…夏希先輩の気の迷いとか、僕の夢だとか…」
「今更夢オチかよ」
「それに、結局大半の人にとっては僕犯人のままかと…」
「あーそれはなぁ」
 佐久間もそれだけは苦笑いを浮かべる。健二は本日もっとも憂鬱なため息をついた。
(そう)
 健二は、一度OZに混乱を招いた張本人としてテレビに出されてしまった。
 その後、色々あり犯人ではないことも、また実際には解決に多大な貢献をしたことも無事に伝わった。
 だからといって、誤報を訂正する報道など僅かであり、あのトラブル解決についてはあまり表立って報道できない部分も多く、曖昧なまま報道は終わってしまっている。
(犯罪者じゃないけれど、そんな僕がまた)
「あ、おはようございます」
「おはよー!」
 佐久間の声に、力一杯返された明るい声。健二はものすごい勢いで振り向いた。
 そこに立っていたのは、数日前とは違う――学校の制服に身を包んだ夏希だった。
 思わず挨拶も忘れて見ほれてしまう。
「先輩、本当色々お疲れ様でした」
「ううん。佐久間くんこそ、色々ありがとね」
「いやいや。むしろ、今こいつがうだうだしてて、むしろそっちの方が――」
「うわぁぁぁぁぁっ」
 健二は慌てて佐久間の口を押さえる。
 健二の顔を見ると少しだけ、夏希がはにかむように笑う。
「…おはよう、健二くん」
「お、おはようございます」
 そのまま次の言葉が出てこない。色々と伝えたいことはあるはずなのだ。
「あー!小磯っ、お前テレビみたぞ」
 だが、残念なことに後ろからそんな大声が聞こえ、言葉は完全に引っ込んでしまう。
 夏希も何かを飲み込み、いつものように笑う。
「じゃあ、私行くね」
「はい。また部室にもよってくださいね」
「ありがとっ」
 まともな会話は全て佐久間がし、健二といえばクラスメイトにつかまったまま何も言えず夏希を見送ってしまう。
(なんで!)
 これからの苦難を表すかのような始まりに、健二は小さくため息をついたのだった。




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