池沢佳主馬と小磯健二の交際
第一話「若き佐久間敬の悩み」@



 夏休み最終日。
 ようやく小磯健二は長野くんだりから戻ることが決まり、渡したい土産があると連絡を受けた佐久間は駅前のカフェでその友人の登場を待っていた。
(終わりか)
 アイスカフェオレをずずっと飲みながら、佐久間はぼんやりと外の景色を見る。
 その言葉は色々なものに当てはめられる。その大半は、夏が終わるという意味も当然ある。佐久間にとって、この夏は、いつも通りでありながら、それなりに充実し、とびきりの刺激もあった休みではあった。
 趣味にも没頭できたし、それを思わぬ――OZという大舞台で自分の力を試すこともできた。キング・カズマとも知り合いになってしまった。
 友人とも遊んだし、女友達とも、それなりに遊んだ。
(あいつ、免疫ねぇからなぁ)
 健二は女に極端に免疫がない。それが面白く、敢えて佐久間は、健二とつるんでいるときは紹介やコンパなどではなく、ナンパで遊ぶ。
 ほぼ完敗――八割は声をかける時点で負け、二割は最初の反応が通っても最終的に負ける――だが、ここで重要なのはナンパの成功ではなく、健二の態度だ。
 思い出すだけで、顔が思わずにやりと笑う。
 クラスの女子だろうが、自分の知り合いだろうが、基本女子を苦手としている彼は、当然ナンパなどの方がその度合いは酷くなる。
 しかしそんな趣味の悪い遊びのおかげで、佐久間はすっかり自分が、友人の中で「女好き」の位置に座っていることも知っている。
(…結果オーライなのか、どうなのかってね)
 そこで佐久間は少しだけ顔を曇らせる。
 高校に入ってできた友人。それが小磯健二だ。
 趣味が比較的似ているが、性格は違う。けれど気が合う。
 少し大人しいが、好きなことはよく喋るし、慣れれば砕ける。どこか丁寧な態度を基本とするが、何よりも彼の特徴はその数学の才能よりも――。
(あの笑顔がなぁ)
 はぁとため息をついたところで、今日の主役が登場した。
「お待たせ…」
「おう。…って、おいおい。そんなに寂しいのかよ?」
 見慣れた友人は、いつも通り恐ろしく時間に正確に登場した。しかし、その表情は物凄く暗く、重い。思わず軽口でそうきけば、健二は荷物を抱えたまま向かいの席にドサリと座った。
「…久しぶり」
「ってOZで会ってるけどな」
「そうだけど」
「お前本当、あの家が楽しかったんだなー」
「…それもあるんだけど」
 はぁと健二はそこでもう一度ため息をつき、店員に自分と同じ飲み物を注文した。
「で、何々? お前本当この夏、つーか、先輩とはどうよ」
 自分らしい感じで、ぐっと体を前に出して笑いながら問いかける。健二にとっての佐久間敬は、きっとこんなキャラだと分かっている。
「……ました」
 健二は小さな声で答えた。
「は? 聞こえねーって」
「できました」
「おお!」
「彼氏が」
「………」
 数秒、時間は止まったと思う。
 二人とも黙り込んだせいか、衝撃的な言葉のせいか、店の厚いガラスの外で、セミが鳴いている声すら聞こえそうな気がした。
 黙りこくっている二人の間に、店員がアイスカフェオレを持ってきてそっと置いて去っていく。ぼんやりと、カフェオレとカフェラテとコーヒー牛乳は何かが違うのだろうかと逃避のように考え、帰ったら調べて、明日健二に問題として出してみようと考える。
 しかし、今問題になっているのは、カフェオレではなく、目の前に居る小磯健二だ。ぐるりとよく分からない一周を経て意識を戻せば、佐久間の口からようやく一言、言葉が出た。
「彼氏」
 ポカンとしたまま出せたのは、その言葉だけだった。
「そう、彼氏」
「彼氏…」
 そのままもう一度健二を見て、佐久間は悲鳴のような声をあげた。
「彼氏ぃぃぃ!?」
「うわっ、しーっ!」
 健二が思わず立ち上がり、テーブル越しに悲鳴をあげた佐久間の口を塞ぐ。
 それからストンと座りなおす。健二は両手で顔を覆っていた。その様子から、どうやら事情があることを察する。
 しかし。
 しかしだ。
(な、に、してんだ…! この馬鹿っ)
 と叫びたくて佐久間はたまらなかった。
 佐久間は、小磯健二の秘密を一つだけ知っている。
 それは、小磯健二は今まで女性と付き合ったことがないということだ。
 付き合ったことがないわけではない。「女性」と付き合ったことがないのだ。
 それは結構早い段階で、彼の家でアルバムを見ていたときに知ってしまった。
 そう。

 小磯健二の付き合ったことがある相手は――男なのだ。



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もう1ページを後日UPします。
そして今気づく。一話目、まともに佳主馬でてこない…。いや、まぁいっか。
一話目は特殊ですが、二話目以降はまったりとした普通のカズケンです。多分。

捏造設定は、健二に男と付き合ったことがある(短期間、清い関係、本人登場なし)という所です。