僕が幸せだと思う理由



 小磯家の自宅は、静かだ。
 それは環境的なことだけではなく、マンションにしては比較的広めの間取りの部屋に、荷物が極端に少ない。更に明るい色味のものも少ないため、よりその印象を強くしていた。
 だが、印象はちょっとしたことで変わるのだと健二は今、心から理解していた。
 呆然としつつひとまず入れたお茶。
「主役に、申し訳ないね」
「ありがと」
「い、いえ。すみません、むしろ何もなくて」
 それを健二が差し出した相手は、一見ではどんな組み合わせか分からない二人組みだ。
 その二人組、理一と佳主馬がこうして居るだけで、殺風景であまり好きではない自宅の印象がガラリと変わってしまうから不思議だ。
(って、そうじゃなくて!)
 健二は、そのまま一緒にお茶を飲んでしまいそうな自分に慌ててつっこみ、話を聞くために顔をあげた。
「で、あ、あのなんでお二人が…」
「誕生日に一人になっていじけてるって聞いたから」
「ええええええ!」
 奇声をあげると、佳主馬が思い切り顔をしかめた。
「佐久間くんが、佳主馬にメールをくれたみたいなんだ」
「昨日のイベントで、こっちに来てたから」
「そ、そうなのっ」
 それならそれを先に教えてくれればよかったのに、と思えば佳主馬がふいと横を向く。
「…もともと、今日寄るつもりだったんだ。誕生日とは知らなかったけど」
「で、今回は篠原家が居ないからね。保護者代理を頼まれてたし、便乗してみた」
 健二はポカンと二人を見てしまう。
 着替えて、飲み物も出し、散らばっていた紙も集め、理由も聞いた今。
 健二はじわじわと、本当に目の前にあの時の二人が居るのだと思い始める。
(わざわざ?)
 呆然と、感情が本当に予想すらしていなかった事態に、どう動けばいいのか判断が付けられないうちに、再びチャイムが鳴り響いた。
 ピンポン。
「うわっ! はいっ」
 思わず叫んで立ち上がるが、チャイムがそのまま鳴り響く。
 ピンポンピンポピンピンピンポーン!
(れ、連打!?)
 椅子から転がるように走っていけば、佳主馬が顔をしかめ、理一がまた少し笑っている顔が見えた気がした。
 しかしその前にまず扉だ。
 慌てて扉をあけると、まずは一言。
「おせぇよっ」
「うわ!」
「チャイムがなったらすぐ飛び出てくんのが礼儀だろうがっ」
「す、すみませ――」
 健二は謝りつつふと動きを止める。
「へ」
 立っていたのは翔太だ。間違いようがない。この言葉遣い。翔太以外の何者でも無い。
「え、ええええええ」
「うるせぇっ。俺だってな、夏希に頼まれなければなぁ!」
「へ、え。ちょお」
 警察官だというのにまるで強盗のように押し入り、そこでふっと先客に気づく。
「あ…?」
「遅かったじゃないか。一緒にお祝いだな」
「ば…っ、これは、ただ夏希に…! 研修で! たまたまこっちにだなっ」
 混乱したまま健二はぶつけるように差し出された、多分ケンタッキー的なものを受け取る。
 そういえば、理一も紙袋を持っていた。その視線に気づいたのか、理一が笑いながらパンと健二の前で打ち鳴らした。
「ハッピーバースデー銃」
「…は、ははは」
「飲み物と、小さいけどケーキ」
 佳主馬が健二の知りたいことを教えてくれる。
 健二は呆然と集まったそれを、そして銃から出てきたハッピーバースデーの文字を見る。
(誕生日…なん、だ)
 夢でも幻でもなく、今日は、自分の誕生日なのだ。
 健二の誕生日は必ずゴールデンウィークの中という運命だ。両親は不在がちで、学校は常に休みになる。
 だから、こんなに朝から賑やかな誕生日など。
 もしかしたら。
 もしかしなくても。
「あ、あの…」
 続きを言おうとすれば、再び鳴り響くチャイムの音。
 ピンポーン。
「え」
 今度は何だと駆け寄り扉を開いて――健二は再び言葉を失った。
「お、正解だな」
「お久しぶりね。本当いきなりでごめんなさい」
 現れた人々は、健二にとっては完全に予想外だった。
 なぜならば立っているのは、万理子に、万助に万作の三兄弟だ。しかもこの三人は何故か正装すらしている。
「母さん達、もしかして夏希?」
 後ろから呑気に、ひょいと覗いていた理一が声をかける。
「そうよ。ビックリしたわよ、いきなり昨晩電話があったと思ったら」
「これから結婚式なんだよねー」
「ああ。埼玉の。式場、東京だったんだ」
 一気にガヤガヤと部屋が埋まっていく。健二はまだ呆然としている。
「お酒ってある?」
「ちょっと! これから式に行くんだから止めてちょうだい」
「ま、ほら、お祝いするんだろ。な!」
 肩を外れそうなほどバンと叩かれる。健二は笑おうとしたが、何故か逆に泣きそうになっている自分に気づく。
「は、あはは…」
 それでも、声を振り絞った。
「あ、あの。ありがとう、ございます」
 なんとかきっと、笑えたと思う。
「なんだか、こんなに人が居るの初めて、かもです。しかも、僕の家で」
「時間があれば、何か作ってから行くんだけど。小磯くん、ちゃんとご飯食べてる?」
「そうだ。おめぇさん幾らなんでも痩せすぎだ」
「今のうちから、少し鍛えるのもいいかもね。自衛隊の最低基準くらい満たせる方法教えようか?」
「師匠に太極拳を習えば?」
「つーか、夏希はこんなひょろっこい奴のどこがいいんだよっ」
「翔太も十分ひょろいだろ」
「う、うるせぇ!」
 騒ぎつつも、万理子がテキパキと小さなバースデーケーキに蝋燭をさしてくれる。理一が、素早くそれに火をつけた。
「はい、じゃあ。サンハイ」
 ハッピバースデートゥユー。
 聞きなれたメロディが、年代も性別もバラバラの人たちの声で歌われる。
 あっという間に開催されてしまった自分の誕生日会を前に、健二は完全に言葉が胸に詰まる。
(なんだ、これ)
 夏希に、今すぐに話をしたかった。
 本当に、この人たちに自分がどれほど嬉しいのかを伝えたかった。
「…に行くなら、…分発の電車に乗れば間に合うよ。ここから近いみたい。タクシーでも十五分かな」
「なんだ。それなら安心じゃねぇか」
 他愛もない話や、お互いの近況などの話をし三人が時間だと去った後も、残りの三人はそれぞれの用事がある昼過ぎのギリギリまで小磯家に滞在していた。
「じゃあまたね」
「お前、夏は俺に礼もってこいよ!」
「またOZで」
 その別れの挨拶さえ、嬉しかったと言ったら笑われるのだろうかと思った。


「健二くん!?」
 夏希が親族の用事を済ませ、健二の住む最寄の駅についたとき、健二の姿がそこにあり本当に驚いた声をあげた。
「あ、あれなんで」
「さっきメールがきたので…」
「え、私どこからって送ってないよ!?」
「はい」
 大体の予想をして。そして待っていたかったから来たのだ。
 本当は、夏希が自宅に居るのならば、家にいってもよかった。それくらい、夏希に会いたかった。
「会いたかったんです」
「え」
「少しでも早く」
 少し照れつつも、健二は笑う。
 夏希はその姿を呆然と見る。
「今日、本当に嬉しくて…」
「あ、翔太兄とか来た?」
「結果的に、理一さんに佳主馬くんに、万理子おばさんに、万作さんに万助さんまで」
「え、本当!?」
「午後は、侘助さんからも連絡がきました。あと、真緒ちゃん達――子供達から、メールがきて。子供の記憶力って、侮れないですね。…未だに愉快犯と書かれるのは勘弁してほしいんですけど」
 健二は今日一日をゆっくりと思い返しながら、夏希と二人で、ゆっくりと歩く。時間はちょうど夕暮れ時で、都心に近いものの空が綺麗なオレンジ色に染まっている。
「本当に嬉しくて、すごく夏希せ――、夏希さんに伝えたくなって」
「え」
「僕、凄い幸せ者ですね」
 笑って、夏希の手をそっと取った。自然に取れたかは分からなかったが、精一杯頑張ったつもりだし、本当に――手を繋ぎたかった。
 言葉が、こんなにももどかしいと思うことは始めてだった。
「健二くん」
 取った手に、指が絡まる。夏希の頬が夕日のせいもあるのか、少し赤く染まった。
「お誕生日おめでとう」
「はい」
 繋いだ手が、心が、とても暖かい。健二は、気づいたら自然に笑っていた。
 夏希も健二の好きな笑みを見せてくれる。だが、その直後に小さくため息をついた。
「あー…でも本当は、今日朝から一緒にお祝いしたかったなぁ」
「十分です」
「おうち、遊びいっても平気?」
「何もないですよ」
「うん。十分十分。あ、ケーキもう食べちゃった? 小さいの買ってこうよっ」
 途中でケーキ屋に寄り道しつつ、今日あったことを健二は出来る限り丁寧に、ゆっくりと夏希に話をした。何故か、健二は再び幸せで涙が出そうになった。




END


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おめでとう健二!!
最初は親戚全員が代わる代わるきたら楽しいなぁと思ったけれど、全員はさすがに諦めました。笑

また違った形でも誕生日話は書きたいなぁ。