その戦の名前は



「理一さん、今週なんですか?」
「あれ。もう帰るの」
「松本で暫く働けば?」
 8月も半ばにさしかかった頃。葬儀も落ち着き、親戚達はポツポツと帰宅をし始めた。
 その中でも、初期に集まっていたメンバーはまだ色々後処理があることからほぼこの屋敷に泊り込んでいたが、とうとう最初の別れがやってこようとしていた。
 現地勤務の克彦達と違い、理一の勤務先は市ヶ谷だ。
 夏休みを同時に取得していたとはいえ、さすがにもう限界の期間だった。
「帰るのはいいけど、ちゃんと49日には顔を出してよ」
「分かってるって」
 万理子も理香もあっさりとしたものだ。
 ガヤガヤとした食事の中でなされるその会話を、健二はどこか不思議そうな顔をして聞いていた。
 健二にとって別れはどこか寂しい。
 だが、親戚にとってみれば、『また会える』ことが大前提での話なのだ。
(やっぱり、いいな)
 ぼんやりとそんなこことを思っていれば、バンと背中を叩かれた。にやにやと笑っているのは直美だ。
「何、あんた。寂しいの?」
 思っていたことをズバリ言われて言葉に詰まると、理香も体を乗り出す。
「え、こいつで?」
「ねえちゃん」
 指を突き刺すように指された理一が顔をしかめる。しかし姉は強し。全く気にした素振りもない。
「あ、いえ、そのっ」
 健二は慌てて手を振るが、注目を浴びていることが分かり、ぼそぼそと続きを口にした。
「いえ、僕の家では…、こんな風に沢山でご飯を食べることがなかったので。減ってしまうのは、寂しいなと」
「そういえば、言ってたわね。そんなこと」
「いつもご飯はどうしてるの?」
 万理子が母親らしいことを訪ねてき、健二はえっとと手を出した。
「自分で作るか、母親が何か冷蔵庫にいれてくれるか、インスタントか…あ、あと佐久間、友達と食べに行くか」
 この場にいるもの達は、ほとんどが賑やかな家族を持っている。
 一人暮らしをしている理一も、実家に帰ればこの賑やかさだ。健二が、明らかに生まれた頃からこういったものと無縁であることは、大人たちにはすぐに分かった。
「おめぇさん、好きな食べ物はあるか?」
「え」
「男にしちゃあ細すぎだろ! 色も白っちぃしな」
「がふっ」
 グラスをもったまま後ろに移動した万助に思い切り背中を叩かれる。
 ふと顔をあげると、台所を陣取っている女性陣もじっと健二を見ている。
「本当に何かあれば、ぜひ言ってくださいね」
「へっ」
「そうそう。うちも、いっぱい遊んでもらってるしね。作れるものなら頑張るわよ」
 けらけらと笑いながら聖美。
 その隣でその言葉に不機嫌そうにしつつも、佳主馬は何も言わず箸をすすめる。一瞬、年下の友人をすがるように見れば、視線を合わされないまま口を開かれた。
「いいんじゃない。健二さん、本当に細すぎるし」
「う、か、佳主馬くんだって」
「ふぅん。力比べする?」
「…嘘です。ごめんなさい」
「ね、ほら。万理子おばさん達は何でも作れるし、美味しいんだから。リクエストしちゃえば?」
 夏希にまで笑顔で言われ、健二はもごもごと言葉に詰まる。
 夏希に色んな意味で頼りないとか思われているだろうことは、元から分かっているので気にはしないが、それでも、この会話の流れはやはり細くて頼りないと思われているのだろうかなどと、ぐるぐると自分の考えにはまりそうになるが、もう一つ答えにつまった理由が健二にはあった。
(好きな物って――)
 言われても、実は特に食べ物は浮かばない。昔からあまり興味が無いのだ。
「あ」
 だが、健二は一つだけとあるものが浮かぶ。
 全員がその言葉を待つ。
「鍋――すき焼きとか」
「夏にかよっ」
「翔太!」
「あ、す、すみません。確かに夏で――あれ?」
 ふと見れば、何故か周囲の皆は微妙な顔をして固まっている。
「す、すすす、すみませんっ。ずうずうしかったですよね! いえ、ただ食べたことがないからっ、と思って……ごめんなさい」
 健二の激しい謝罪に、はっと一同顔をあげる。
「…久しぶりに、やるか」
「そうね」
「ま、こう言われちゃあね」
「え、え、え」
 周囲は健二のことを無視し、どこか神妙な顔をしたまま頷き合っている。
 健二がおろおろと辺りを見回していれば夏希が、少しだけ真面目な顔で健二を見た。
「じゃあ健二くん」
「はい!」
 思わず居住まいを正して返事をしてしまう。
「明日は、戦争ね」
 にこりと、可愛い笑顔で言われた言葉の意味を、当然ながら健二は全く分からなかった。



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