年頃の男の子



「健二さん」
「…へ」
 真夜中だ。耳元で聞こえた声に目をあけると、すぐ側に誰かの顔があった。
 健二が驚いて悲鳴をあげる前に、その口が手でふさがれる。どうやら行動は読まれていたらしい。
「今、着いたんだ」
 そう言って少し口元をあげるような笑みを見せたのは、一年ぶりと言えども間違えるはずがない。
 健二の年下の友人佳主馬だった。
(う、うわぁ)
 遅まきながら、健二は目の前に再会を楽しみにしていた人物がいることを実感し、慌てて上半身を起こし――硬直した。
 部屋には明るい月の光りが入っている。後は、遠く離れた居間での宴会の明かり。
 栄の誕生日を、一周忌だとしても祝うために、夜通しで宴会が行われているのだ。女性陣と一緒に引いた健二は、少し前に寝入ったばかりだったが、車で渋滞に巻き込まれていた佳主馬は本当に真夜中についてしまったようだ。
 そして、今月明かりの下見える佳主馬の姿は。
「佳、主馬くん――」
 そこで健二は言葉に詰まった。
(大きくなってる)
 小さな友人は、確実に成長していた。
 まださすがに追い越されてはいないが、このままいけば来年や再来年には追い越されてしまう。それが予想される成長だった。
 そして、体格だけではなく、もともと整ってどこか艶っぽさがあった顔も、より魅力的になっている。
「もてる、よねぇ…」
「第一声がそれ?」
「は! えええっと、そう! 久しぶり、あとお疲れさま。大変だったね」
「それも駄目」
「へ」
「もっと違うこと」
 寝起きで突きつけられた言葉に、いつも以上に健二の頭は混乱する。
 言っていないことは何か。自分は何を口にしないといけないのか。ひとまず思ったことをそのまま口にした。
「格好よくなったね。あ、もとから格好よかったんだけど」
「……」
「え、あとは、えーっと…あ、この間のキング・カズマの」
 続けようとした言葉は、声にならなかった。同時に後頭部に感じた柔らかい衝撃。
(ん?)
 何故声が出ないのか。
 それは、自分が息を出していないからではなく、塞がれているからだ。
 何に。
 それは、この至近距離にある。
(あ、睫長い)
 そこで健二はようやく冷静になった。
(じゃなくて! え、ええええええ。ちょおおおっ)
「ん、んんーっ!」
 暴れるが相手はただの数学オタクとは違う。あっさりと押さえ込まれたまま、適度な柔らかさと硬さをもった舌に口内を思う存分舐められる。
(ひ、ちょ、え、あれから一年ってことは、まだ中2、なわけで)
 健二はよく分からないことを必死で考え、その結論が出ないうちに、奪われた口が開放された。
「は、はぁ…、はぁ」
 ぼんやりと呼吸を繰り返し、健二は我にかえり再び起き上がる。
 その途端、ガツンと佳主馬と頭をぶつけたのはお約束だ。
「い、いたぁっ、じゃなくて! カ、カカカカ、佳主馬くんっ」
「何」
「なんで!」
「何が?」
「なんでなんで! ええ、なんでっ」
「全く文章になってないんだけど。落ち着きなよ」
「あ、そ、そうだ! そうだよね!」
 健二はひとまず深呼吸をして、最近読んだ数学の公式を思い出す。その問題例も続けて思い出せば――。
(あ、ちょっと落ち着くかも)
 そして改めて佳主馬の顔を見る。
「抜いてあげようか?」
「は」
 しかし、落ち着いた気持ちなど一瞬で吹き飛んだ。
(抜く?)
 それは何を。身長ではないことだけは確かだと真剣に考える。
「どうせ夏希姉ちゃんとは、大して進んでないんでしょう?」
 佳主馬の手が迷い無くズボンにかかり、健二は慌てて引っ張る。
「ちょ、ちょっとまった!」
「大声出すと人が来るよ」
 慌てて口を押さえるとその隙にズボンがずり下げられた。かろうじてトランクスが残ったことは幸いだった。
「別に俺女じゃないし」
 ガクガクと健二は頷く。知っている。そして自分も女ではない。
「夏希姉ちゃんにばれても、浮気にならないよ。大丈夫」
 そうか、大丈夫――。
 納得しかけて、慌てて首を振る。絶対大丈夫じゃない。大丈夫なわけがない。
「だだだだ、駄目でしょ。絶対に駄目でしょ!」
「ちっ」
 舌打ちが聞こえたのは気のせいか。
「そ、そもそも一体なんで、こんな」
 だがその問いに、佳主馬は途端に嬉しそうな顔をした。
「あ、聞いてくれるんだ」
「へ」
「お兄さんが好きだから」
「は」
「聞いたからには、責任とってよ」
「え、あの、え」
 ポカンとしているうちに、手がトランクスの中につっこまれる。まだ柔らかいものを初めて他人の手に触られた衝撃に、健二は脳内が暴走する。
「せせせ、責任って、ええっ」
「家族とか親戚とかしか、好きになれないかなって思っていたんだけど」
 少しだけトーンの落ちた言葉に、聖美の『こう見えて苛められっこだった』という言葉が思い出される。
「健二さんは、別だった。初めてなんだ」
 まっすぐに見つめられると、本当に何もいえなくなった。
 キング・カズマそのものの目であり、そして佳主馬という14歳の少年の瞳。
「健二さん」
「う、うん」
「別に好きな人が出来るまで、責任とってよ」
「うん…、…え!?」
 そこで我にかえっても時既に遅し。
「そうそう。宜しく」
「え、ちょっ、あ」
 太くはないが、しっかりと筋肉のついた腕を止めようとしても、健二に止められるわけはなく。
 硬い手のひらに触られ、あげくの果てその顔が。
 整って成長したなと思っていた顔が、口が、その温かい口内が。
「ひっあ!」
 健二は慌てて口を押さえた。舐められている。
(舐め、舐められ、なめ舐められてるっ!?)
 普段から性欲を感じることは余り無い。それでも刺激されれば体は急速に熱くなり、そして初めて感じるねっとりとした熱さに体の芯まで震える。
 口をしっかりと押さえたまま、重苦しい呼吸を必死に繰り返す。
 苦しい気持ちい気持ちがいい。
「ねが、離し…っ」
 堪えているせいか混乱からか、涙で視界が歪む。
 けれど、気持ちがいい。
 脳内が焼ききれるほど、その舌先が先端をえぐるようにされれば、無心に舐められれば死ねるほど気持ちがいい。
 だが、相手は佳主馬なのだ。
 そんなことを、させるわけには――。
「じゃあ、お兄さんも触ってくれる?」
 体を起した佳主馬の提案に頷いたのは、そっちの方がましだと思ったからだ。
 明らかに誘導だ。しかし冷静じゃない健二は気付けない。ひとまずこの現状から脱出できるのならば、と思わずガクガクと頷いた。

 そうして、陣内家の夜は静かにふけていったのであった。





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