「終わりね」
聞こえたのは、女の声だった。
(生きてるのか、俺は)
そんなことを思ってみたものの、耳は聞こえるが目も開かないし、体の感覚も全くなかった。
「さぁ、どうする?」
なのに、女の声だけがはっきりと聞こえる。
あの、夜の声だ。昼間の明るい声じゃない。ねっとりとした、夜の声。
「負けを認めなさい」
カカシは一体今どんな状況なんだろう。
女が直々に表れたということは、それ相応の状態なのだと思う。
「強情ね」
女は、ため息をつく。
女の声が聞こえるということは、聴覚はやられていないということ。なのに、男の声がしない、ということは。
(カカシ先生、は――)
ぞくりとしたものを、体の感覚は無いのに感じた。
愚かな程優しい人。
自分の、大切な。
「そんなに、あなたの一番大切なものが取られるのが、怖いの?」
(え)
それは、脅し文句。
(だけれど…)
コマである者に対してだけでは、無かったというのか。
「もう、負けるしかないのにね」
くすり、と女が、紅が笑うのが分かった。
(ぐ……っっ)
ドスっとした重みと衝撃を感じ、体の感覚がじわりと戻る。蹴られたのか、踏まれたのか。分からないが、全身に気持ち悪さを感じながら、じょじょに体の感覚が繋がっていく。
(気持ち、悪い…)
多分倒れているはずなのに。
もういっそ死んでしまいたいくらい、気持ち悪い。
「やめろ…」
唸るような声。
それは間違い無く、カカシの声だった。
(カカシ、さん)
「あなた、もう大切なもの、出来てしまったものね。ちょっと前までなら、本当になんともなかったのに。かばったりするから、もう…」
紅の声が、急に冷えた。
「目を、つけられたわね」
(誰に)
「こんなに、急ぐつもりは…なかったのよ」
イルカの疑問は声にならない。
だが、代わりに紅の声が響いていく。終わりへと導く声が、響いていく。
「負けを認めなさい」
(っああぁぁっ)
体を信じられない程の痛みが襲う。
今までの痛覚の無さが嘘のようだ。
「分かった」
その瞬間、カカシの声がした。凛とした声。あの耳元で、優しく囁かれる声とは違う声。
「だから、その人から離れろ」
途端に、気持ち悪さが少しだけひく。
(なんで、あなたはこんな時まで――)
優しいのか。
泣けるなら、喚けるなら、叫びだしてしまいたい。
「それじゃあ、あなたの一番大切なものを、奪うわ」
紅の声と同時に、部屋が揺れた。
気温が下がる。
そしてどこからとも無く、バサっと羽の音が聞こえた。
「誓約鳥に誓いましょう」
「夕日紅は、あなたの一番大切な…」
囁くような声を聞いていると、暖かいものが体に触れた。何も言われていないし、目も見えない。
だけれどこれはカカシだとすぐに分かった。
覆い被さるように、自分と密着する。
好きですという言葉よりも、体の芯から、この男は自分に特別な思いを持っていてくれていることを感じた。
涙がこぼれる。
(ありえない)
でも、これは多分現実だ。
体をぎゅっと抱きしめられた気がしたから。
そして同時に、耳に響く。
「権利を」
女の声が、宣言する。
「この遊びへ参加する権利を、永久に奪うことを決定します」
え、と驚く声がカカシの声が耳元で聞こえたような気がした。
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