遊 6  



「終わりね」
 聞こえたのは、女の声だった。
(生きてるのか、俺は)
 そんなことを思ってみたものの、耳は聞こえるが目も開かないし、体の感覚も全くなかった。
「さぁ、どうする?」
 なのに、女の声だけがはっきりと聞こえる。
 あの、夜の声だ。昼間の明るい声じゃない。ねっとりとした、夜の声。
「負けを認めなさい」
 カカシは一体今どんな状況なんだろう。
 女が直々に表れたということは、それ相応の状態なのだと思う。
「強情ね」
 女は、ため息をつく。
 女の声が聞こえるということは、聴覚はやられていないということ。なのに、男の声がしない、ということは。
(カカシ先生、は――)
 ぞくりとしたものを、体の感覚は無いのに感じた。
 愚かな程優しい人。
 自分の、大切な。
「そんなに、あなたの一番大切なものが取られるのが、怖いの?」
(え)
 それは、脅し文句。
(だけれど…)
 コマである者に対してだけでは、無かったというのか。
「もう、負けるしかないのにね」
 くすり、と女が、紅が笑うのが分かった。
(ぐ……っっ)
 ドスっとした重みと衝撃を感じ、体の感覚がじわりと戻る。蹴られたのか、踏まれたのか。分からないが、全身に気持ち悪さを感じながら、じょじょに体の感覚が繋がっていく。
(気持ち、悪い…)
 多分倒れているはずなのに。
 もういっそ死んでしまいたいくらい、気持ち悪い。
「やめろ…」
 唸るような声。
 それは間違い無く、カカシの声だった。
(カカシ、さん)
「あなた、もう大切なもの、出来てしまったものね。ちょっと前までなら、本当になんともなかったのに。かばったりするから、もう…」
 紅の声が、急に冷えた。
「目を、つけられたわね」
(誰に)
「こんなに、急ぐつもりは…なかったのよ」
 イルカの疑問は声にならない。
 だが、代わりに紅の声が響いていく。終わりへと導く声が、響いていく。
「負けを認めなさい」
(っああぁぁっ)
 体を信じられない程の痛みが襲う。
 今までの痛覚の無さが嘘のようだ。
「分かった」
 その瞬間、カカシの声がした。凛とした声。あの耳元で、優しく囁かれる声とは違う声。
「だから、その人から離れろ」
 途端に、気持ち悪さが少しだけひく。
(なんで、あなたはこんな時まで――)
 優しいのか。
 泣けるなら、喚けるなら、叫びだしてしまいたい。
「それじゃあ、あなたの一番大切なものを、奪うわ」
 紅の声と同時に、部屋が揺れた。
 気温が下がる。
 そしてどこからとも無く、バサっと羽の音が聞こえた。
「誓約鳥に誓いましょう」

「夕日紅は、あなたの一番大切な…」
 囁くような声を聞いていると、暖かいものが体に触れた。何も言われていないし、目も見えない。
 だけれどこれはカカシだとすぐに分かった。
 覆い被さるように、自分と密着する。
 好きですという言葉よりも、体の芯から、この男は自分に特別な思いを持っていてくれていることを感じた。
 涙がこぼれる。
(ありえない)
 でも、これは多分現実だ。
 体をぎゅっと抱きしめられた気がしたから。
 そして同時に、耳に響く。
「権利を」
 女の声が、宣言する。


「この遊びへ参加する権利を、永久に奪うことを決定します」


 え、と驚く声がカカシの声が耳元で聞こえたような気がした。






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