里に、悪い遊びが存在しているのは知っていた。
それは、御伽噺や、昔から続く手遊びのように伝えられ、だけれど自分にはどこか関係のないものだと思っていた。
だが。
自分には、今。
特別な相手がいる。
「お疲れ様です」
にこりと、微笑み書類を受け取って。
「よかったら、何か食べに行きませんか」
相手の都合を見て、ときには食事に誘って。
「俺は……そうは思えません」
言いたいことはある程度いい、個性を見せて。
「すごいですね」
誉めるときは素直に、心から誉める。
そして、普通の人よりも多く、相手の体に触れる。
少しでも気にとめてもらえるよう。
彼の視界に入るため。
自分の特別な相手。
その相手の名前は、はたけカカシと言う。
(ああ、俺は何をしているのだろうか)
頭の中で思うたび、その言葉を打ち消した。しょうがないのだ。
(この里には、悪い遊びが巣食っている)
カカシの目が、だんだんと優しくなって自分を見る。
それを知って尚、それを煽るように、体に触れてそしてねぎらう。なりふり構わない。時には自分でも犬のように男を待つし、何かできることはないかと探す。
だが、そうして黒い考えに浸かり、男の今までと違う動作を手にいれ、良心とかつて呼ばれていたものが悲鳴をあげるたびに、それをかき消すように必ずあの始まりの声を思い出す。
「イルカ」
声は軽やかで、だけれど絶対の力を持っていた。
「あなたは、私の組」
声は出なかった。潰れたような自分の醜い呼吸の音だけが響く。
「あなたは、私の命が全てよ」
否定なんて、どうしてできようか。
心臓を、素手で捕まれたような感覚。
それは懐かしい記憶のはずなのに、その時の感覚はさっきのことのように思い出せる。
初めて、それを告げられたのは自分の家の、粗末な布団の上だった。
殺気に目を覚ますと、受付所で何度も話をしている見慣れた上忍がいた。だが、その瞳は明らかに昼間の優しいそれと、違う。
ぞくりとした。
逃げようとか、いっそ死んだ方がとかを考える前に脳裏で何かがはじけた。
(ああ、そうだ)
里には。
悪い。
遊びが。
「私達の敵は、カカシ」
鮮やかな紅の引かれた口が、暗闇の中動く。
(指名が、きたのだ)
上忍同士の争いが、日々水面下で進む。
そのコマになるのは、上忍ではなく中忍であり、下忍で。
そのコマを使い、相手の大将の首を取るのだ。
昔は、死んだ奴もいたという。
気が狂った奴もいるという。
大抵は、使い物にならなくなるぎりぎりの所まで、精神が持つぎりぎりの範囲まで遊ばれて、そして捨てられる。
火影の怒りを買わないように。殺さない程度で。
「あんたは、今日から私のもの」
頷くこと以外、どうしてできるというのだろうか。
びりびりと肌で感じる殺気は本物で、見下ろされる視線にも体が震え、そして微笑み口元に死を感じる。
「じゃあ、カカシを落としなさい」
え、という言葉も発せられなかった。
「それが、あいつを潰す一番の方法だから」
美しい上忍は、微笑を浮かべる。
期限は、二ヶ月。
優しい動きで、そう告げてくる。
「お、とせなかったら」
「あんたの、一番大切にしてるものを奪うわ」
「一番…」
「そうよ。あんたの、一番、大切なもの」
そこで、記憶は途切れた。
だが、朝はいつも通りに訪れ、日差しは優しく照り付けてくる。その中、イルカはただ静かに涙を零した。
一番大切な物。
一番大切な者。
(多分)
あの美しい上忍は知っているのだろう。
自分の一番大切なもの。
それを壊せる、奪う自信があるからこそ、こうして。
自分が指名された。
呆然と座り続けるイルカの横に、女の名前にふさわしい紅色の花びらが、一枚布団の上に残されていた。
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