遊 1  


 里に、悪い遊びが存在しているのは知っていた。
 それは、御伽噺や、昔から続く手遊びのように伝えられ、だけれど自分にはどこか関係のないものだと思っていた。
 だが。
 自分には、今。
 特別な相手がいる。
「お疲れ様です」
 にこりと、微笑み書類を受け取って。
「よかったら、何か食べに行きませんか」
 相手の都合を見て、ときには食事に誘って。
「俺は……そうは思えません」
 言いたいことはある程度いい、個性を見せて。
「すごいですね」
 誉めるときは素直に、心から誉める。
 そして、普通の人よりも多く、相手の体に触れる。
 少しでも気にとめてもらえるよう。
 彼の視界に入るため。
 自分の特別な相手。
 その相手の名前は、はたけカカシと言う。
(ああ、俺は何をしているのだろうか)
 頭の中で思うたび、その言葉を打ち消した。しょうがないのだ。
(この里には、悪い遊びが巣食っている)
 カカシの目が、だんだんと優しくなって自分を見る。
 それを知って尚、それを煽るように、体に触れてそしてねぎらう。なりふり構わない。時には自分でも犬のように男を待つし、何かできることはないかと探す。
 だが、そうして黒い考えに浸かり、男の今までと違う動作を手にいれ、良心とかつて呼ばれていたものが悲鳴をあげるたびに、それをかき消すように必ずあの始まりの声を思い出す。
「イルカ」
 声は軽やかで、だけれど絶対の力を持っていた。
「あなたは、私の組」
 声は出なかった。潰れたような自分の醜い呼吸の音だけが響く。
「あなたは、私の命が全てよ」
 否定なんて、どうしてできようか。
 心臓を、素手で捕まれたような感覚。
 それは懐かしい記憶のはずなのに、その時の感覚はさっきのことのように思い出せる。
 初めて、それを告げられたのは自分の家の、粗末な布団の上だった。
 殺気に目を覚ますと、受付所で何度も話をしている見慣れた上忍がいた。だが、その瞳は明らかに昼間の優しいそれと、違う。
 ぞくりとした。
 逃げようとか、いっそ死んだ方がとかを考える前に脳裏で何かがはじけた。
(ああ、そうだ)
 里には。
 悪い。
 遊びが。
「私達の敵は、カカシ」
 鮮やかな紅の引かれた口が、暗闇の中動く。
(指名が、きたのだ)
 上忍同士の争いが、日々水面下で進む。
 そのコマになるのは、上忍ではなく中忍であり、下忍で。
 そのコマを使い、相手の大将の首を取るのだ。
 昔は、死んだ奴もいたという。
 気が狂った奴もいるという。
 大抵は、使い物にならなくなるぎりぎりの所まで、精神が持つぎりぎりの範囲まで遊ばれて、そして捨てられる。
 火影の怒りを買わないように。殺さない程度で。
「あんたは、今日から私のもの」
 頷くこと以外、どうしてできるというのだろうか。
 びりびりと肌で感じる殺気は本物で、見下ろされる視線にも体が震え、そして微笑み口元に死を感じる。
「じゃあ、カカシを落としなさい」
 え、という言葉も発せられなかった。
「それが、あいつを潰す一番の方法だから」
 美しい上忍は、微笑を浮かべる。
 期限は、二ヶ月。
 優しい動きで、そう告げてくる。
「お、とせなかったら」
「あんたの、一番大切にしてるものを奪うわ」
「一番…」
「そうよ。あんたの、一番、大切なもの」
 そこで、記憶は途切れた。
 だが、朝はいつも通りに訪れ、日差しは優しく照り付けてくる。その中、イルカはただ静かに涙を零した。
 一番大切な物。
 一番大切な者。
(多分)
 あの美しい上忍は知っているのだろう。
 自分の一番大切なもの。
 それを壊せる、奪う自信があるからこそ、こうして。
 自分が指名された。

 呆然と座り続けるイルカの横に、女の名前にふさわしい紅色の花びらが、一枚布団の上に残されていた。





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