遊 0  


「付き合ってください」
 聞きなれない言葉に思考が奪われた瞬間、視界で銀髪が揺れた。
 その銀色に、現実とは思えないような感覚に囚われる。だが、男の口元が優しい弧を描いた瞬間、イルカは弾けるように背を向け、駆け出した。
 一心不乱に走る。
 ここがアカデミーの廊下だとか、いつも生徒に走るなと言っているとか、そんなことは関係ない。
(逃げなくては)
 ただそれだけが、頭の中で警報のように鳴り響く。
 外に飛び出して、演習場の裏手にある森へと飛び込んだ。呼吸が荒いのは、全力で走ったからでは無い。
(心臓が、壊れそうだ)
 嫌な汗が滲み、そして呼吸が妙に崩れる。
 しがみ付いた木は冷たく、縋るように腕に力を込めた。
『イルカ先生』
 幻聴が聞こえる。
『カカシ先生』
 応える自分の声すらも、聞こえる。
「俺は、あなたが好きですよ」
 目を細めて、優しい表情で。だけれどしっかりと告げてきたあの人。
 震える手が止まらない。
「イルカ」
 呼ばれた声に、ビクリとした。
 振り返れば、満足そうに微笑む一人の女が立っていた。
「あと少しよ。頑張ったわね」
「う……、あ」
 言葉にならない。目の前で、美しい女の口が、弧を描く。
「さぁ、頑張りなさい」
 イルカはその言葉に、なんて答えたのか記憶が無かった。



NEXT