対 3  


 夕日に照らされる中、歩いていたら自然と足は繁華街に向いた。
 雑踏に紛れ、光が消えていくのをぼんやりと見つめ、意味もなく歩きまわる。
「あら、珍しいじゃない」
 ふとかけられた声に、顔をあげれば紅が目の前に立っていた。紙袋を抱えてい、買い物帰りだとひと目で分かる。女は上忍だろうが下忍だろうが、買い物が好きだな、とぼんやりと思った。
「…ちょっと、何よその死にそうな顔」
「そんな酷い顔してる?」
「してるわよ」
 鏡でも見てくれば、と紅は言いながら荷物をカカシに押し付けた。
 それから本当に紅は鏡を取り出し、ほらっと見たくも無い自分の顔を映して見せた。
「これが陰気な顔っていうものかしら?」
「人の顔で例えないでよ」
「だって本当にそんな顔してるじゃない」
 確かに、鏡に映る顔はどこかげっそりしているように見えた。
 鏡をしまった紅が荷物を持とうと手を伸ばしてくるが、しょうがないのでそのまま持っておいた。
「あら、珍しい。ありがと」
 珍しい、と言われて反論しようとしたが確かに珍しい。普段なら、人の荷物を持つことはしない。それは自分の両手が使えなくなる不安もあるが、何よりも持っている間、その人とともに歩かねばならないからだ。
「お茶飲んでく?」
 だから、言われて頷いた。もしかしたら今、自分は誰かと話をしたいのかもしれないと思った。情けない話だ。
「で、何悩んでるのよ?」
 側にあった適当な茶屋に入ると、紅は目を輝かせるように聞いてきた。
「…そんなに分かりやすかった?」
「私はすぐ分かったわよ」
 あまりにハッキリと答えられ、なんとなく気まずさと恥ずかしさが合わさったようなものを感じ、頬を数度撫でる。
「でもさ、残念なんだけどねぇ。何で悩んでるのか自分でもわからないんだよね、これが」
「はぁ?」
 紅が変な声をあげた途端、お茶が差し出されひとまず一口お茶を飲んだ。
「ああ。そうだ。悩みって訳じゃないけど、今ナルトがさ、妙にイルカ先生を心配してるんだよね」
 悩み、という言葉から昼間悩んでいたナルトの姿が思い浮かんだ。
「イルカ先生?まぁ確かにあの子ってあの人にべったりだものね」
 あまり関心のなさそうな声に、そういえば自分もこうして生徒を受け持つまではナルトのことなどさして気にも止めていなかったことや、受付に座る人間の顔なんて覚えようともしていなかったこと、むしろ更に言えばそんな忍がいることも知らなかったことを思い出した。
 それでも、多分あの受付に座る人はそんな思いを抱く人にすら、親切に対応していたのだろう。
「でも理由もあるのよ」
「理由?」
「そうよ。あんたがちょうど長期任務にでてたころよ。ほら、九尾の封印の騒ぎがあったじゃない」
 言われて、そういえば里で一度九尾の封印が解けそうになった話を思い出した。
「あの時、身を呈してナルトを庇ったのってイルカ先生らしいのよ」
「は」
 思わず声が出ていた。
「何それ」
「何それって…」
「だって、血も繋がってないし、ナルトの奴が何かイルカ先生にしたわけでもないんでしょ?じゃあなんでそこまでするわけ」
「するわけって言われてもねぇ。でもあの人どこか熱そうじゃない」
「じゃあサスケが危ないときも、生徒の誰かが危なければ全部そんな風に庇うわけ?任務中でも?」
「ちょっと、あんた怖いわよ」
 目が真剣になっていたのか、紅が眉を寄せる。目の前で手を振られて、少し身を乗り出していたことに気づき、頭をぼりぼりとかいてから一度茶を飲んだ。
 店員がちょうど紅の頼んだ団子を持ってきて、一度会話は途切れる。
 どうやらナルトの特別がイルカ先生なのは、イルカがナルトを庇ったから、忌み嫌われていたナルトに希望を与えたからだということが初めて分かった。
 だけれど、じゃあ何故。イルカがナルトの特別なのか。
 自分も大切な人なら身を呈して守るだろう。それは今度こそ、という強い思いで。だが、それとイルカのそれは同じなんだろうか。
 緑に濁ったお茶を見ながら思考がぐるぐると回った。
「でも確かに何故、っていうのはあるかもね。確かあの人の両親も九尾に殺されてるだろうし。年代的に」
 両親、と聞いてもあまりピンとはこない。だけれど一般的に、両親は大切とされ、そしてあの常識的な人なら尚更、多分ごく普通の家庭に育って両親を大切にしていたのではないだろうか。
 店を出て紅と別れ、カカシはまた繁華街を当てもなく歩いた。思考はむしろ、更にこんがらがっていた。
 もう空は闇に包まれ、店の明かりが太陽の代わりのように輝いている。ふと気づけば、足は昨日イルカと会った店へと向かっていた。それに気づいて一度足を止めようとしたが、ナルトに頼まれたことを思い出し、今度は明確にイルカを探す意志を持ってカカシは歩き始めた。
(あの感じからいくと…結構最近も痣付けられてるみたいだし、ま、一応ね)
 店にはすぐにつき、そしてイルカの気配を感じた。多分この店が、あの一緒にいる上忍の男の行き着けなのだろう。
 気配を完全にたってから、そっと忍び込む。屋根裏に忍びこみ、幾つか部屋を見て回れば、ちょうど廊下の所でイルカを見つけた。
「いいじゃねぇかよ、ちょっとくらいよ」
「よくありません」
 やんわりとした声。それがイルカの声だとすぐにわかった。男はイルカの腕を掴んでいる。それは腕に痕が残るほどの力だ。だけれどイルカは眉ひとつ動かさない。
 それに気を荒げるように男は更に力を入れる。今にもみしっと骨のきしむ音が聞こえそうでカカシは自然に身構えた。
「お前、俺のこと好きなんだろ?」
「それとこれは、違いますよ」
 柔らかい声に、男の腕が振り上げられる。だがその腕はイルカを結局叩かず、イルカの肩を抱いた。
「…女のがやわらけぇしな」
「そうですよ。そういうのは、女性の方が気持ちいです」
「お前がいうと真実味ねぇよな」
 言って男は下品な笑い声をあげた。
 イルカの腕は真っ赤になっている。捕まれた場所が、とても痛そうだ。
 だけれどイルカはそんなこと気にも止めていないように、優しい瞳で男を見つめる。
 嘘だ、とカカシは思った。咄嗟にあのときは何もいえなかった。だけれど、イルカが男を好きだなんて嘘だと思った。こんな男を好きだなんて絶対に嘘だと思った。いや、ただ思いたかった。
 その後も男をつけていけば、男はとても酒癖が悪く、よっぱらって女に手をあげる場面もあった。それをさりげなくイルカは庇い、殴られていた。
 女との情事を楽しんだ後、外でまたせていたイルカをめんどくさそうに殴り倒し、帰る、と告げるとイルカはそこで別れを告げた。
 よろよろと歩くイルカの後ろをそっとカカシはつける。闇に溶け込むように、今は頭の中も落ち着いていた。
「イルカ先生」
 声をかけると、イルカは敵に身構えるように振り向いた。
「あなたは、本当にあの男がすきなんですか」
「…つけてたんですか」
「あんたは、あの男に触られて気持ち悪がっていた」
「…見ていたなら分かるでしょう。俺がいつ、気持ち悪がったんです」
「男との接触をこばんでたじゃないですか」
 カカシが言うと、イルカは一瞬瞳を揺らした。だがすぐに、見たこともないような皮肉な笑みを浮かべた。
「まさか。そんなにすぐに触らせるような、安い体に思われたくないだけです」
 イルカの言葉に、カカシはかっとなり腕を取った。
「っ」
「何でこんな風に体を傷つける。あんたは忍びだ。体を大切にしないでどうするんです」
「…カカシ先生くらいなら問題でしょうが、俺には……」
「あんたも、忍だろっ」
 思わず声が荒くなり、はっとなる。慌ててイルカの腕を放した。これでは、自分もあの男と同じではないか。
「強い人はいいですね」
 そんなことを思った途端、見透かしたようなイルカの言葉にカカシは頭を殴られた気になった。
 風が吹いて木々を揺らす。それが酷く遠い場所のように思えた。
「強ければなんでもできます」
「…それを、あんたが言うんですか」
 受付によれと言ったあんたが。といいかけて言葉をつぐんだ。
「言いますよ。強い人はいい。何でも自由に出来る」
 かっとなった。何故こんなに頭に血が上ったのか、カカシ自身分からなかった。
 任務で敵に挑発されることも、女に誘惑されることもあった。だけれどいつも自分を見失うことなんてなかった。だから今まで生きてこれたし、それなりの名声を得てきたのだ。
 なのに。今、頭に血が上ることを止められない。気が付けば、イルカをその場に押し倒していた。
「…なっ!?」
「俺は強い。で、あんたは中忍だ。じゃあ、俺はあんたを自由に出来るっていうんですか」
 ここで、イルカが首を横に振ればすぐに手を離すつもりだった。カカシが知っているイルカという男は、そういう人物だ。いや、そう思っていた。
 だがイルカは頷いた。
「ええ」
「……あんたは、嘘つきだ」
「嘘なんてついてません」
 あなたに何がわかるというんですか、とでも言いたげな瞳に、心底腹が立った。思わず、カカシの手が力いっぱいイルカの服を掴む。布が裂ける音がした。
「なっ」
「本当のことを言ってください」
 破れてしまった布を捨て、イルカの首に手をかける。だがイルカの瞳はきつくカカシを睨みつけていた。
「俺は、嘘をついてませんし、こんなことされても怖くなんてありません」
「……へぇ」
 だから、カカシは手袋を外し、そっと優しくイルカの頬に触れる。イルカが途端に怯えるように体を震わせた。
「でも、あんたこれは怖いんでしょ」
「…触るな」
 低い声に、思わず喉をならすように笑う。楽しい。静かに、愉悦がこみ上げる。
 暗部を辞めようと思った理由の1つは、殺すことに対して感情が麻痺してきたことや、どこかその行動の中に楽しみを見つけかけていたことに気づいたからだったことを思い出した。だから、あんなにも違うものを思い出そうと、この光の中に足を再び踏み入れてから、必死だったのだ。
 だけれど。怯えている男を、力でねじ伏せて、どこかに確実に愉悦を感じている今の自分の方が遥かにわかりやすかったし、自然に思えた。
「へぇ。でも、あんた男好きなんでしょ?」
「な…っ!」
 完全にカカシの意図を悟ったのか、イルカが暴れだす。だが、それをカカシは難なく押さえ込んだ。そして、そのままイルカの肌に手をかける。
「っ、や、やめろっ」
「いやですよ」
 とん、とツボを押せば驚く程簡単にイルカの体は動かなくなる。
「なっ」
 乱暴に触るより、優しく触れることを怖がってると分かっていた。だから優しく服の上から性器を撫でるように触ると、体を微かに震わした。口をきつく結んでしまったことが気に障り、直接性器を触り嬲れば、息を呑むような声をあげる。
 興奮した。
 もっと声をあげさせたいと思い、先端を嬲り、合わせて乳首をきつく吸う。何を、どっちで感じるのか息のを呑む声が静かなこの場所に響く。暫くすれば先端にぬるりとした感触を感じ、早いですねと言葉でからかえば面白いほど顔を赤くし、それでもきつい瞳で睨みつけてきた。
 面白くて、もっと感じさせて恐怖にひきつった顔を拝んで見たくて、性器を口に含めば、跳ねるようにイルカの体は動く。
「や、やめっ!」
 甲高い悲鳴のような声にぞくぞくする。焦らすように舌でゆっくりと裏筋を舐め、溢れるものを優しく舌で舐めれば、可哀相なほどとろとろと先端からあふれ出る。涙と、せまりくる感覚からあがる濡れた声を聞きながら、きつく先端に吸い付けばあっけなく口の中で弾けた。面白くてそのまま少し吸い続ければ、悲鳴のような声が耳につく。
「い、いやだっ、んあ…っ、あああ、あぁぁっ」
「そんなこと無いくせに」
 口を離して告げれば、イルカはようやく呼吸が出来るといように荒い呼吸を繰り返した。焦点が合っていないような瞳は、涙で濁り、口の端から涎がこぼれている。それを舐めとると体がまたびくり、と震えた。
 かろうじてどこかに残っていた理性が、もう離せと告げていた。だが、視界に入る痣が、太ももにもついている青い痣が、そんな意識をどこかに押しやった。
「いやらしい体ですね。だからああして焦らすんですか」
 その声に反応するようにピクリと揺れた体を無視し、傷薬をポケットから取り出す。それを手にこぼし、後ろに指を突き入れれば、苦しそうな声があがった。
「ツボ押さないでも、あんたどうせ逃げれなかったかもね」
 耳元で囁けば、かろうじて動くイルカの頭がカカシを追い払うようにぶつかる。ほとんど力の入っていないそれは、触れる程度のものだったが面白くてカカシは笑った。
「それでこそイルカ先生ですよね」
「ふ、ざけるな…っ」
「ああ、大丈夫ですよ。痛いことはしませんから」
 わざとらしい程優しい声で言えば、イルカは怒りながらもなきそうな顔をする。本当は怖くて仕方がないとでも言うように。今更そんな顔をしても無駄だというのに。
 暫く後ろを嬲れば、すぐに前立腺は見つかった。イルカの体が跳ね、その存在がすぐに教えてくれる。ひっきりなしにイルカの口から声が漏れ、完全に意識も持っていかれたのか、喘ぐ声以外漏れなくなった。
 あっという間にイルカの性器は力を取り戻り、それをたまに遊ぶように嬲れば、イルカはとうとう本格的に泣き出した。達かない程度にそれを嬲り、少し前立腺からずれた場所を嬲る。萎えてくれば、また執拗に前立腺をつき、性器をたまに舐め上げた。
「ねぇ、辛い?」
 問いに答える力がもう無いのかイルカは目をつぶり、つるつると涙をこぼす。
「許してっていいなさいよ」
 太ももの内側を舐めながら言えば、イルカは更に涙をこぼす。イルカが言わないことはわかっていた。だからこそ、楽しいのだ。自分は、こんなにも。
「んあっ、あ…!」
 指を増やし、勢いよく後ろを抜き差しすれば、射精感が高まったのか性器がびくびくと震えた。だが吐きだす前に根元を抑え、今度は違う言葉を囁いた。
「じゃあ、入れてっていいなよ。ねぇ、男好きなんでしょう?イルカ先生」
「う…っ、あ…んあっ」
「ほら、早く」
 押さえたまま、後ろを嬲り続ければ、思ったより早くイルカが小さな声で入れてと呟いた。多分イルカにはもうろくな判断力など無かった。だが、思った以上にそれは興奮をして、数度自身をすりあげ固くなったそれを後ろに突き入れた。
 怯えた声をあげても、快楽に歪んだ声をあげても、その体を離さず何度も突き上げた。ストイックなイメージが強かっただけに、乱れる姿は扇情的でいつしか、真剣になっていた。泣いても、悲鳴をあげても、快楽にむせび泣いても、カカシはその体を許さなかった。イルカは涙を沢山こぼし、妙にその涙に思考はかき乱された。だから考えることをやめ、ただひたすら動物のように行為にだけ夢中になった。
 だが、ふと行為の途中で、自分のの瞳からも涙が落ちて驚いた。イルカはそんなことには気づかない状態で、だからなんとなくそのまま放っておいた。それはあまりに久しぶりのもので、とても新鮮だった。同じ体からでるものなのに、何故精液とこんなにも違うものが、そして意味も無いものが零れ落ちるんだろうとぼんやりと思いながら、片手でそれを拭う。途端に、体から毒が抜けるように興奮した気持ちが引いていった。その代わり何か違うものが押し寄せてくる。
 だが、それが何なのか分からなかったし、知りたいとも思わなかった。もしかしたら、何となく分かっていたのかもしれないが、敢えてそれを関心から外した。
「……っ」
 無理やり突き入れたものを抜き、数度自分の手ですって吐き出してから、ズボンをあげる。イルカはぐったりとしたまま、だけれど不自然に瞳を見開いて倒れていた。
「嘘つき」
 呟いた声は、静かなこの場所では大きく聞こえた。その言葉はイルカの意識に届いたのか、イルカは一瞬口を動かそうとしたが、言葉になる前にイルカは意識を手放していた。
「…嘘つき」
 だから、二度目のカカシの呟きは誰も聞く人間は居なく、ただカカシ自身の耳に強く響いた。





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