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「どうしたんだ…お前」
「別に」
 数週間後、アスマは上忍待合室で出会ったカカシに、思わずこの部屋に入ってきたことを後悔した。
 それくらい、カカシの気配が非常に悪い。カカシが自分を一瞬でも視界に入れなければ、無視したいと思うくらい機嫌が悪そうだった。
(一体何だってんだ)
 そう。
 アスマの感じ取ったそれは事実で、カカシは本当に本当に、機嫌が悪かったのだ。
 なんせこの数週間。イルカに色々試してみたものの、ことごとく失敗していた。
 まずは一週間程会いに行くのを我慢してみた。
 だが、イルカは一向に来る気配は無く、結局我慢ならず剣呑な空気で会いに行けば、任務お疲れ様でした、と真っ直ぐな瞳で言われてしまったのだ。で、勝手に苛々して押し倒してみたが、ここでまず負け一つ。
 次は、イルカの家ではなく、自分の家で会うように仕向けてみたが、結局気づけば急いで帰っている自分がいる。
 待たせてみてもイルカはのんびりしてい、挙句の果てに勝手にベットで先に寝られていたこともある。どうみても、その姿は寛ぎきっていた。
(忘れてたけど、この人、根本はマイペースなんだった…)
 で、その日も腹立ちに任せて無理やり寝ているところを襲ってみたものの、負け二つ目。
 そして悶々として、訪れたのが今日という日だ。
 カカシは今のところ、次の勝負の内容すら見つからない。
「珍しいな。お前がそんなに分かりやすく荒れてるのなんてよ」
 指摘され、カカシはその事実にさらに苛々し――それを吐き出すようにため息をついた。
「…ちょっとさ、なんかいい任務無い?」
「殺しか?」
「そう。すっとする奴」
「――すっとするかはしらねぇけどよ、お前好みのが、出てたぜ。いつもの、あいつに声かけてみろ」
「分かった」
 すっと立ち上がり、カカシはすぐに探し始めた。
 苛々が発散されない。それなら、こんな時には任務につくしかない。任務に出れば、酷い任務にあたれば、少しでもまだ人らしい姿を保てるように戻るかもしれない。
 忍のプライドとしても、こうして一瞬で悟られる程、苛々とすることには抵抗がある。カカシは黒髪の暗部を早々に見つけ、任務の同行を名乗り出た。
(今までは)
 こんな、中途半端な――ぎりぎりで抑え切れそうな、生ぬるい苛々を長時間感じたことはなかった。
 苛々を強く感じるときには、それはもう爆発寸前のようなもので、それを発散し、またより過酷な環境に自分の身をおくことで、少しでも人で居たいと思う気持ちを刺激した。そのために色んな任務を引き受けてきた。
(イルカさん、イルカ先生)
 殺しの任務は、難易度としては低いものだった。
 ただとても、えげつない。
「カカシ先輩」
「んー?」
「今日は、あまり集中してませんね」
「簡単だしね」
 殺しても、刻んでも、苛々は消え去らない。
 どちらかというと、何か違う熱さが益々酷くなり、脳裏にはイルカの顔が浮かんでは消える。
(ちくしょう)
 好きとか、嫌いとか、そんな単純で綺麗な感情ではないとは分かっている。
 だが、それでも惚れていると言われてしまうのは、より執着しているのは、自分なのかと思うと妙に苛々した。
(なんで、こんなに――)
 木の葉の大門についたとき、前を走っていた女が足を止めた。
 くるりとカカシを振り替えり、カカシのすぐ傍までやってくる。
「暗部の面、ください」
「は?」
「先輩、もう引退でいいでしょう。そんな顔をしてると思います」
「顔見えないくせに、何言ってんの」
 苛立ちから殺気を出してみるが、女はひかなかった。
「先輩の欲しいものは、もうあそこには無いでしょう。変わりましたね…」
 少しだけ寂しそうな声に、特に何か感じた訳ではなかった。だが、確かに、前のように あの場に救いは、求めるものは何一つ見出せなかった。
 女の手が面に伸びる。それを途中で掴み、カカシは距離をとる。
「別に、あんたの手は必要ないよ」
「そうですか。先輩の面、引き継ぎたかったんですが」
「悪趣味だね。何すんの」
「脅しに使うんです」
「あっそ」
 穏やかな声をする女だった。同時に、刀は、感情は、まるで何かに怯えるように力を求めている女だった。
 カカシは、この女が強大な力を欲しがって暴れているのを、穏やかな声に隠しているのは嫌いではなかった。
 皆が、結局無理をして、普通と言われる生活をしていることを感じたからだ。
「あんた、報告行っといて」
「はい」
 女は言葉と同時に消えた。
 カカシは髪をぐしゃぐしゃと掻いてから、面を外す。そしてその場にしゃがみ込んだ。
「つーかれた…」
 今はもう夜だ。
 闇に包まれた大門は静かで、傍にある茶屋ももうしまっている。少し前、イルカはあそこにいて、自分を待っていてくれた。
 それを思い出して、なんとなくカカシは視線を茶屋にやり、動きを止めた。
 茶屋は閉められていた。
 だが、出しっぱなしにされている椅子に、人影がある。
 里の中だからと、気配立ちしている人間にまで意識をしていなかった。
「…イルカ、さん?」
 無意識に呟いた名前は、闇夜に吸い込まれていった。



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