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「これ、美味いですね」
イルカの家で、いつもの晩飯の時間。最初がそうだったためか、二人はカカシの家よりもイルカの家で会う方が断然多い。
だが、料理を作る回数としては、カカシの方が多かった。
「そ」
どうでもよさそうに呟きつつも、カカシはイルカの言葉に、フライパンに残っていた炒め物をイルカの皿に盛る。この日は珍しく、カカシの帰宅が早く、イルカのために、カカシが先に作っておいた簡単な手料理を温め直しているところだった。
「あんた、もうちょっと要領良く仕事やれば?」
「そうですか? それなりに頑張ってるつもりなんですけど、仕事が多いんですよね。やっぱり緊急の任務が入ると、事務処理の人間は外されますし」
それはカカシにもすぐに想像がつく。
基本的に里は任務を受けることで成り立っている。それは皆が理解していることであり、だからこそ「任務ありき」な対応がやっぱり根付いているのだ。
(けど、幾らなんでも連日遅すぎでしょうが)
カカシと違い、イルカの出勤時間は一定で、早い。その上深夜まで残業もあり、忍として鍛錬も合間で行っている。業務内容も多岐に渡るようだが、何よりもこの男のことだ。
(絶対に、間違いなく他人の仕事までしてるんだろうね)
そう思うと、腹の底が熱くなる。苛々する。
「あんたがさ、そうして笑って遅くなるとね、俺は苛々するんですよ」
カカシはフライパンを台所に置き、イルカの向かい側に座りながら呟く。
自分が苛々する気持ちを感じたときには、極力イルカに伝えるようにしている。伝えることで、イルカはカカシのそれがどんな感情なのか、名前をつけて教えてくれるのだ。
これを他の同僚にやられたら苛立ちで殺してしまいそうだが、不思議とイルカに話をするのは苦にもならないし、抵抗も生まれない。
「あんたが、どこかのまた馬鹿な奴らの代わりで働いてると思うだけで、俺は腹が立つ。それこそ一発くらい殴ってみれば。たまには」
「みんな忙しいんですよ。それに殴ったりしたら喧嘩じゃないですか」
「あんただって忙しいんでしょうが。そもそもね、その誰かのせいであんたがそんなに疲れてることが納得いかないんだけど」
結構本気で思っていたカカシは、睨みつけるようにイルカを見る。
「そ、そうですか…」
だが珍しくイルカは顔を赤くして目をそらし、そのまま黙り込む。待ってみてもいつものように、名前をつけることはしなかった。
「……で?」
問い返すと、イルカはゆっくりと顔をあげた。その顔には、言いにくいと書いてあり、更に困ったような表情も感じられる。
(へぇ。珍しい)
そんな表情は新鮮で、カカシは余計聞き出したくなり、じっとイルカを見た。
「で、何なの?」
「お、思いやりか……嫉妬じゃないですか」
「え」
「だからっ。思いやりか、嫉妬でしょう。で、でも苛々するんでしたら嫉妬の」
「……は?」
カカシがもう一度問い返すと、イルカは焦ったように手を振る。
「や、違うかもしれないんですけど。だって、俺に対してですし! 俺もこの辺りには自信が無いので…、こういう話は特に」
イルカは慌てたように関係ない話を始めるが、カカシはそれどころではなかった。
(嫉妬?)
カカシとて、その言葉の意味は知っている。ただ、感情とその名前を繋げるのが分からない、出来ないだけだ。
カカシは、自分の行動を振り返る。
まずは、どこかに自分が理解している『嫉妬』の要素があるかを探さなくてはいけない。
(そうだ。まずは今日の…任務が終わってからの行動は)
イルカの家に帰る途中、晩飯のための食材を買った。
そのまま家でイルカが帰ってくるのを待ちながら、手元無沙汰なこともあり、料理を作りながらイルカを真似て部屋の掃除なんてしてみた。
それから、術の解読を行い、イルカが帰ってきたらイルカを出迎える。作っていた飯を温めなおす。
そして現在に至るが、ここ数日、大して変わらないような日々を過ごしている気がして たまらない。しかも考えれば、毎回会いに来ているのも自分だ。
(――これって)
確か、そんな描写が、最近たまに読んでいる娯楽本にも書いてあった。一般感覚の情報収集もかねて目を通していた、その本の内容と現状が突然繋がる。
(確かに書いてあった。いちゃいちゃパラダイス――)
惚れている人間の行動として。
そして嫉妬するのは、より惚れている人間だと書いてあった。
「カカシさん?」
カカシは言葉では言い表せない衝撃を感じていた。
「……何か」
「どうしたんです? あ、もしかしてお腹減りました? 少し食べますか?」
真面目な顔でそんなことを言いながら、煮込んだ鶏肉を箸で掴み差し出してくる。
「はい、どうぞ」
腹は減っていない。だが、言われて思わず口をあけて食べてカカシはまた落ち込む。
腹は減ってないのだ。
なのに、何故口をあけるのか。
(それは、この人が差し出してきたから…?)
まさか!
と大声で叫びだしたいが、さすがにそんなことは出来ずカカシはその場でうなだれる。
「カ、カカシさん? どうしたんです、本当に。大丈夫ですよ、ものすごい美味いですよ、これ!」
よく分からないことを力説してくる馬鹿な男。
それを間違いなく気に入っている自分がいるのをカカシは感じる。気に入ってなければ、それこそ今頃殴り倒しているか、八つ裂きだ。いや、そもそも同じ空間に居ないだろう。
それが、改めて思うと頭痛が起こりそうな程の衝撃だった。
「…あんたさ、たまには俺の家で会わない?」
「え? それもいいですね」
イルカはあっさりと承諾をする。だが、承諾されてから何か違うと思う。
自分の家で会ったとしても、このままでは何もかも同じままだ。
(苛々する)
いつも通りの顔をしている男に、腹が立つ。
「さっさと食べてよ」
「あ。そうですね」
「で、食べ終わったら覚えておいてよ」
「何をですか? え? 俺、こんな美味いもの作れないですよ」
(ひとまず)
カカシは腹の底に色んなものを押し込める。
今日はイルカを泣かせて、喘がせて、それから明日、対策は考えようとカカシはじっとイルカが食べ終わるのを待ったのだった。
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