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 上忍の会合の時に配られた弁当は、今まで気にしたことが無かったが、結構立派な重に入っているものだった。
 誰かが里の現状やら、術の開発やらについて喋っているが、カカシはそんな内容には興味が無かった。それは隣にいるアスマも同じようで、それなりの表情はしているものの、気配は完全に聞くことを放棄していた。
 本来ならば今は休憩を兼ねた食事の時間だったはずだが、毎回といっていい程時間は押す。一方的に伝えたい内容ならば、資料にして配布をすればいいと思うのだが、この場で報告し何か意見があれば討論し、出た結果のみを資料にまとめることになっているようだった。
(退屈…)
 カカシは重をあけて、中身をつつく。出された弁当に手をつけるのは、今回が初めてだ。
(へー…珍しい)
 どうやら今日は海の幸を入手できたらしく、蟹をふんだんに使った料理で重は埋め尽くされていた。
 茹でた蟹の身を解したちらしから、細く千切りにされた根菜と蟹を卵で包みこんだもの、蟹味噌をゆるく伸ばし田楽のように豆腐に塗ったものなどが目に止まる。
「食べさせてあげたいねぇ」
 ふと思った言葉は呟きとして漏れていたようで、アスマがカカシのほうを向く。
「なんだ?」
「や。これ、あの人にも食べさせてあげたいと思って」
 アスマは、カカシの言う『あの人』が誰なのかなど知りもしないが、カカシに相手がいることは、前回の話で知っていた。
「…何故、お前が言うとこんなにも違和感なんだ」
 今までの『はたけカカシ』という人物は知っているアスマとしては、カカシからこの手の話を聞くと鳥肌が立ちそうになる。
 だが同時に、それを上回る程の興味をそそられるのも事実で、逃げ出すことも、聞こえないふりをすることも出来なかった。
「そう? だってこれ結構美味しいじゃない」
「そうか? 蟹味噌だけでいいから、酒が出てきた方が嬉しくねぇか」
「ふーん」
 カカシは完全に気の無い返事を返しながら、味を見極めるようにゆっくりと租借をする。
 美食家、と言うと大げさだが、カカシは里にいる間は食事に金をかけていることや、手料理も結構な腕だという話位はアスマも知っている。味わうカカシを直接見るのは初めてだが、なんとなくその様子を見て、アスマは違和感を持つ。
 その理由が何なのかは、すぐに分かった。
「お前、そんなに食べさせたいのか?」
「別にー。けど、あの人美味しいもの、あんま食べたことないみたいだしねぇ」
 その、さらりと言われた言葉。
 それが味わう姿の向こうにあるのが感じられたから、違和感だったのだとアスマは理解した。
「つーか、お前、本当変ったなぁ」
「は?」
「お前、前なら絶対誰かにそんなつくすような発言しなかったろ」
「つくす? 誰が?」
 カカシは初めて、アスマに顔を向けた。
「惚れてるんだろ?」
 アスマはにやりと笑う。
 その顔を見ながら、カカシは至極真面目な表情でもう一度聞いた。
「誰が?」
「……だから、お前がだろ」
 今度は幾分あきれた顔で、アスマが答える。
 それでもカカシはよく分かっていないような顔をしていた。
「お前、食べさせたいんだろ? わざわざよ。つーことはだ、それだけ惚れてるんだろ? 骨ぬきなんだろ?」
 からかいも込めて噛み砕いていってやれば、そこでようやくカカシはアスマの話を理解したようで、今度は違う驚きをあらわにした。
(珍しい)
 カカシの表情が、こんなにも簡単に変るだなんて。
 しかも全然、凶悪な気配も感じない。
 アスマはそんなことに感心していたが、当のカカシはそれどころではなかった。
(骨抜き…?)
 誰が。誰に。
 それは、今の会話からすれば、自分がイルカに、となるのだろうか。
(まさか…!)
 好きとか嫌いとか、そんな甘い言葉が似合う関係ではないと思っている。それでも、優しくしたいという感情を持っていることくらいは、カカシだって自覚している。
 だが、さすがに骨抜きといわれると。
(…俺がじゃないでしょ。向こうが、骨抜きなのよ)
 そんな悪態を心の中でつきつつも、カカシは初めて指摘された事実に、動揺は隠せない。最初に持った食事への思いを振り切るように、カカシはひたすら事務的に食事を口に運ぶ。
「…カカシ?」
「別に、そんなに食べさせたいわけじゃない」
「お、おう。そうか…」
 突然険悪になった空気に、アスマはただ首をひねるしかなかった。



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