獣の夢  



「この、馬鹿!」
 それから一刻もしない時間。
 カカシは大声で怒鳴っていた。
「……あなたに馬鹿と言われる筋合いはありません」
「いくらでも言えますね。この馬鹿が」
 子どものようにふてくされる男に、カカシは乱暴に包帯を巻きつける。
 そんな二人の座る布団の上は、生々しい赤い色で染められていた。
 カカシが男を押し倒し。
 男はカカシが望んでいたような、怯えた色を見せて。荒れた獰猛な心は、それがこれ以上無い甘美な酒のように思えた。
 優しく肌をなぞれば、益々男は怯える。暴れる力があったのは、最初だけだ。舌を噛み切るような口付けをしたら、途端におとなしくなった。事実、暴れればカカシは舌を噛み切ることなど簡単ことだ。それを教えるように犬歯で軽く噛み、柔らかい感触を楽しめば男は完全にカカシに、そして訪れる感覚に、怯えていた。
(ぞくぞくする)
 この男が怯える顔は、なんとそそるのだろう。もっとそんな顔を、声を聞きたくて、見せ付けるように胸を舐めれば男はかみ殺したような声を出す。
「や、め…っ」
「楽しませてよ」
 そこまで呟いてから、男の名前がなんだったか一瞬カカシは迷い、そして初めてその単語を口にした。
「イルカ」
「…なっ」
 途端。
 何故か男はひどくうろたえ、そしてかーっと顔が真っ赤になった。カカシの目の前で。
 一瞬カカシはその反応に動きを止めてしまったが、次の瞬間たまらず笑い声をあげた。男は顔を真っ赤にしたまま何も言うことができないようで、口をただ不思議に動かしている。
(なに、この人)
 一瞬にして。
 本当、一瞬にして。
 獰猛な気持ちは、異常な興奮は、引いてしまった。
 だが、このまま続ければ男がどんな反応を見せるのかが気になって、カカシは悪戯な手をそのまま動かし続ける。
 下肢に直接触れれば、男は顔を真っ赤にしたまま、半泣きのような顔になっている。
「やめ、ろってっ」
「やーだね」
 まだ柔らかいそれを、手で丁寧に揉みこむように愛撫すれば男の体がびくびくと震える。胸にむしゃぶりついて、動きを続けていれば男の先端からぬるりとした感触を感じて、カカシはにんまりと笑う。
「濡れてきた」
「っ、だから、もうっ」
 くく、と喉で笑って手の動きを早くしながら、時たま先端を嬲れば男はかみ殺した声をあげる。ぐりぐりと容赦なく嬲れば、男はひっひと、息を呑むような嬌声をあげた。
 羞恥と興奮で顔が赤く染まっている。快楽で目は潤み、嫌悪で眉は寄っている。それは恐ろしい程魅力的だったが、どこか可哀相で、爪の伸びた手で頭を撫でる。だが、同時にもっと酷いことをしたくもなる。
「気持ちいい?」
「…っ、離」
 掠れた声を出してどうするの、と意地悪く言うと男は何か言いたそうにして、だが何もいえなかった。塞いで、絡めとった舌は、最初よりも断然熱くて、いやらしいものに思えた。
 深く貪ってから、口を離すと飲みきれなかった涎が男の口の端から落ちる。それをゆっくりと舐め取ると、男の体が小刻みに震え出す。
 ぐちゃぐちゃに濡れた性器を、わざと音を立てて男の羞恥を聴覚からも責め立てながら、耳元でささやいた。
「ね、いっちゃいなよ」
 ぐりっと胸の突起を爪で引っかき、堅くなっている性器も同じように、穴に爪を立ててやれば、男はとうとう弾けさせた。
 生暖かい液体が腕を、男の腹を濡らすのを満足した気持ちで見る。
 と、同時に思い切り頬を殴られた。
「ぐわっ」
 咄嗟にチャクラで片頬を守ったものの、やっぱり衝撃で体が倒れる。
「こ、この…っ」
 男の息はまだ荒かったが、まだひどく怒っているようだった。
「あんた、ちょっと」
 殴るのを人が我慢したというのに、この男がそれをするかと。
 カカシが何か言おうとしたとき、近寄ってきた手をどう思ったのか、男が大声で叫ぶ。
「ま、待てっ」
 びくっとカカシの体がその大声に止まる。
「待て待て待て待てっ」
 そして叫び続け、男は逃げるのかと思ったがそうではないようだった。
 男は動かない。
「…俺は、一体何を待てばいいんです?」
「う、動くのを待てばいいんです!」
「はぁ」
 男の慌て様に、カカシは頬をさすりながらその場に胡坐を着く。だが男の顔が何かいいたそうに自分を見ていて、視線をたどれば自分の手にはまだ先ほどの男の液体がついていた。
(ああ、これに気を取られてるわけね)
 どこかの生娘のようだと、そんなことを思った自分に苦笑いをしながら、カカシは手のについた液体をぺろりと舐めた。
「あ、った馬鹿ですかっ」
「は?」
「なんてもん舐めてるんだっ」
 男がカカシの手を止めようと体を動かした途端、パタリと前のめりに倒れた。
 ふと見ると、男の後ろが赤くそまり、そして鼻が匂いを拾う。
 男を嬲るのに気を取られていたとは言え、カカシは己の感覚を疑う。だが、同時に今度はカカシが大声で怒鳴った。
「あんた、馬鹿ですか!」
「馬鹿じゃありません」
「いいえ、十分馬鹿ですよ」
 ぐいっと男の体をひっぱれば男の顔がゆがむ。
(そりゃそうだろう)
 男の背中が、真っ赤に濡れていた。
 何かにひっかけたのか、男の背中には大きな、薄皮でふさがっている程度の、まだ真新しい傷があった。
「ったく…」
 暴れさせたのは自分のせいだという自覚はある。
 だから男を座らせ、カカシはこの数日で調合していた薬と、真新しい包帯を持ってくる。男はその間じっと布団の上に座っていた。
 そしてカカシは散々男に馬鹿だ、馬鹿だといいながら包帯を巻いた。
「怪我があるなら、さっさと言いなさいよ」
「あなた、そんな話全く聞こうとしてなかったじゃないですか。苛立っちゃって。耳の毛が、立ってました」
「……」
 包帯を巻くために手を上げさせていた。
 その手が、ゆっくりとカカシの本来ならありえない耳を触る。
「可愛いですよね」
 ポツリと呟かれた言葉に、カカシは耳を疑う。
「は?」
「俺、犬好きなんですよ」
「……あんたさ、一応言っておくけど、俺専属じゃないけど暗部よ?」
「はぁ。何度か衣装は見てましたので知ってますけど」
「怒って殺される、とか思わないの?」
「耳立ってませんし」
 再び言われた言葉に、カカシは腹立たしさにぎゅっと包帯を縛った。
「でも、さっきは最初、肉を噛みきられたりするのかなぁと思いました」
「大して怯えてなかったじゃない」
「怯えたら、あなたが怖がるでしょう」
 男の言葉に、カカシは動きを止める。
 血の匂いが鼻につく。
「俺が?あんたの間違いじゃないの?」
「あなたがです」
 カカシは真面目に告げてくる男が面白くて、喉で笑う。
「まさか。俺が、どんなにひどいことをしてるか知ってる?」
「知りません。でも任務なんでしょう」
「そうですよ。でもね、この間だって、処理しやすいように細かく人を引きちぎったよ?女も子どもも関係なくね?」
 子ども、という言葉に男の瞳が一瞬揺れる。
 男の手が、自分の背中をそっとさする。
(そういえば)
 九尾を、背中で庇ったと、誰かが言っていた。
(この傷は、そのときの傷なのか)
 庇ったという話を聞いてから、もう二週間たっただろうか。
「あんたさ」
 カカシは雨が上がったことに気がついた。
 外から、少し湿った、だけれどどこか心地よい風が入ってくる。
 気分は、恐ろしい程落ち着いている。だが、この穏やかな感情は長くもたいないことは分かっていたから、カカシは少しだけ真面目な顔をして男を見た。
「もう、帰りなよ」
「嫌です」
「本当に帰りな。俺は、まだ暫くはこのままの姿だろうから」
 男が何か言おうとするのを、カカシはそっと制した。
「あんた自身が任務とかなんだとかっていうのもあるだろうけど。俺は、本当に…特にこの姿のときは色んなものが抑えられない。あんたは…まぁ馬鹿だけど、いい人だよ。だから、俺が殺す前に帰った方がいい」
 らしくない。
 自分は何を言っているのだと、頭の中で声がする。だが、カカシは今だけその声を聞こえないふりをする。
「それに」
 カカシの脳裏には、金色の髪がゆっくりと浮かぶ。
 冷静になった今なら、少しだけ。自分以外のことを、ちゃんと考えられる。
「あんたが居ないと、あの九尾のガキが寂しがるでしょ」
 男は、カカシの言葉にひどく驚いた顔をした。
 だが、何かを言う前に男はすくっと立ち上がり、そして。
「伏せっっっ」
「っ!」
 大声で怒鳴られた。
 何故か条件反射的に床に伏したカカシは、一瞬にして己の取った姿勢を崩そうとするが、男が強い瞳で睨みつけてくる。
「な…っ」
 どか、っと男の足が側にあった机を蹴り飛ばす。
 その上にあったペンやら何やらが音を立てて、畳に散らばる。それに飛びつきたい衝動と必死に戦うが、男がそばに転がってきたボールを、投げつけてきたらもう駄目だった。
「な、何するんだ!」
「俺は」
 男の瞳は、何か強い意志が秘められていた。
 今まで感じさせたことがないような、強い意志だ。
「俺の用事がまだ済んでいないのに…ここを去ることはできません。あなたが気を使ってくれるというなら、俺をあなたが心配してるように、殺さないでいてくれればそれでいいです」
「だからっ」
「返事は!」
「はいっ」
 咄嗟に叫んでしまった。
「いい返事ですね」
 呆然としていると、男はにっこりと笑顔を見せて頭を撫でてくる。
 その笑顔に怒鳴りたいが、怒鳴る気力を奪われてしまう。
(……やっぱり、絶対いつか殺してやる)
 そんなことを心に誓いつつも、やっぱり撫でられると気持ちよくて抵抗なんて出来やしない。
 気がつくと、ふらふらと男の正座した膝を抱えるように寝そべり、頭と背中を撫でられているうちに、意識が消えてしまっていた。







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