はたけカカシは定期的に獣の姿になる。
これを知っているのは、カカシ自身と火影のみだ。いつごろからかは分からない。呪いなのか、血筋なのかも何もかも分かっていない。ただ、気がついたらこうして耳や牙が生え、妙に中途半端な獣のような姿になっている。
「さーてと」
カカシはガタっと古びた戸を開ける。開け放たれたはずのそこからは、外が見えることは見えるがうっそうとした森の中の景色が見えるだけで、ちっとも明るい気分にはなれない。
カカシが居るのは、森の中に隠れるように立っている一軒の家だった。完全に空き家になっているそこは、実は火影の持ち物の一つで、こうしてたまにカカシはこの家を使うことがある。
(久しぶりだねぇ)
遠くから、この家を見ることは何度かあった。
直接足を踏み入れたのは半年ぶりだろうか。
(しかも、最後に使ったのはやっぱり俺か―――)
ものの位置や、全く人の住んだ気配の無い家とかからそんなことをカカシは予想する。多分その予想は外れていないはずだ。
小さな家だが、火影の趣味なのか反対側にはちゃんと縁側もある。だが、そこから見える景色も、獰猛な獣がいるような森なだけで、あまり気分がいいものではない。
だがこの姿のときに里にいるのは難しい。この姿のせい、というのもあるが聴覚が発達する分、雑多な音のする里で暮らすには限界があるのだ。そして一番厄介なのが、獣の血が騒ぐのが、血を見ると異様に興奮してしまうことだ。
だからこの時期は必ず暗部の、しかも生臭くあまり全うな神経を持っている人間に任せたくないような任務ばかりを請け負う。火影も理解しているのか、カカシから合図があればその手の任務ばかりをよこしてくれる。
「今回は、どれくらいかねぇ」
呟くが、当然返事などくるわけない。
木々が風で揺れ、獣の鳴き声が遠くでする。
人の気配など、微塵もない。
カカシはがんっと思い切り床を叩く。みしりと嫌な音はしたが壊れはしない。
「…腹いてぇ」
ふさがりきってない傷が痛む。
転がって、手で腹をさすろうとしたが爪の伸びた今、それはあまりやりたくない。
「んっ」
ぴくり、と毛で覆われた耳が動いた。
音がした。何かが草を掻き分ける音だ。
獣と違う。
低い場所と高い場所で起こる音。これは人の足と手が立てる音だ。
「……」
カカシの目がすっと細くなる。
音も無く立ち上がり、気配を隠す。間違いなく近づいてくる気配にくないを構え――。
「……え」
現れた姿に唖然とした。
それから、気がついたらカカシは怒鳴り声をあげていた。
「あんた、何やってるんですか!」
「あ」
カカシの姿を見つけると、男は安心したように笑顔を見せた。
「ちょっと見つけられるか不安だったんですが…無事に見つけられて安心しました」
「な、…っ」
それからカカシは今の己の姿を思い出して、あわてるが男は全く気にしていないようで近づいてくる。
「地図をもらったんですが、案外大変でした。生活に関するものはあるって聞いていたんで…ひとまず食材とかあれこれ持ってきてみました。あ、生肉とか食べますか?」
「あんた…っ」
「どうぞ」
離れたところから包みをなげられ気がつけば、ちゃんと手に取っていた。
その香りがたまらず、カカシは思わず背中を向けて中身を食べてしまう。もはや獣の性だ。
気づいたときには、もう男はカカシの真後ろにまで来ていて、その生えている耳を撫でていた。
「やわらかいですねぇ」
「…あんた、一体何の……」
「前から、あなたを働かせすぎだって言ってたんです、俺は」
「誰に」
「火影様にです」
思わずカカシの目が驚きで見開かれる。
「その上、突然耳もはえるし、これはもう決定的だろうと文句言いにいったら今ここに居るって教えてもらったんで」
「……」
もはやカカシは言葉も出ない。
男は何故かにこりと笑ってカカシを見る。その手は、まだカカシの耳を撫でている。
(そうだ)
カカシはふと記憶を思い出す。
(寝ているときも、この指に触れられた気がする)
撫でられる気持ちよさに、目を閉じかけたときふと男の声がした。
「あ、気持ちいんですか?尻尾揺れてますね」
「……っ!」
思わず手を振り払う。が、顔が自然と赤くなる。
それを男は驚いて顔でみて、それからはじけるように笑いだす。
「俺だって、頭撫でられれば気持ちいですよ」
なんて言い返せばいいのか分からず、思わず背中を向ける。
「暫くの間、よろしくお願いしますね」
「は?」
「あなたが戻るまで、俺あなたの世話を任務にしてもらいました」
「何それ!」
「何それって、だから任務ですよ。あ、あなたの任務も減らすように言っておきました」
「勝手に…!」
「まだ食べます?」
「…っ」
目の前で肉をちらつかされて、涎がこぼれそうになる。
そしてカカシはがくりと、畳に手をついた。
(飼われろってことかよ)
はたけカカシ。
生まれて初めて、人に飼われることになった日だった。
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