チャクラ切れで歩くのもしんどく、公園のベンチで転がっていたら声をかけられた。
『大丈夫ですか?』
 多分、そんな言葉を吐かれたと思う。
 耳はまだあまり音を拾えず、ぼんやりと男の顔だけを見る。男は暫く迷っていたようだが、自分の体を背中に背負った。
(あー…)
 一瞬、どうしようか迷った。
 このまま騙されて殺されても悔いは無いが、せっかく帰ってきたばかりなのにそんな結末ではあまりに惨め過ぎる気がした。
(――惨めじゃないときなんて、無かったか)
 すぐにそう思い直し、カカシはそっと目を閉じた。
 男の名前は、うみのイルカというらしい。それを何回目かに拾われたとき、ようやくカカシは知った。




  獣の夢  





(やばい――っ)
 カカシは全身を駆け巡る熱と痛みの予感に、飛び起きた。
 まだ任務で深く傷ついた体は完全に回復しておらず、動かすとひどい重さを感じたが今はそれどころでは無い。
 起きた瞬間、自分がどこにいるのか一瞬分からなかったが、すぐにここが自分の部屋では無く、あの男の部屋だと分かった。部屋の中は薄暗く、男は朝出かけたきりまだ戻ってきていないのだと知る。
(また、あの任務の後で倒れたのか?)
 Aランク任務。
 単純な殺戮を繰り返す、暗部の任務。
(最近、倒れる回数が増えた気がするな…)
 どこか慣れてきた布団の感触に、この部屋の景色にカカシはふとそんなことを思う。その慣れたと思う分だけ、カカシはこうしてこの家で目覚める回数が増えているということなのだ。
 カカシはさっと起き上がり、布団の上にそろえられていた自分の武具をしまい、それから窓に足をかける。
「あ」
 耳元で声がした。
 視線を向ければそこに当然ながら人は居なく、だが、ひどく離れた通りの場所で一人の男が自分を見ていることに気づいた。
(あの男だ)
 しまった。と思ったがもう遅い。
 ここは二階で、通りからよく見える。
 男はすぐに駆け出してくる。カカシはそのまま隣の家の屋根に飛び乗った。
「まだ任務に出れる体力じゃ、ないでしょう!」
 男の怒鳴り声がする。
 真っ黒の髪。そしてどこか真面目そうな瞳。素性もろくに知らないし、何回も拾われているのにろくに会話をしたことも無い。
「あんたには、関係ないでしょう」
 真実の言葉を言い放つ。
すると、後ろから何かが飛んでくる。よけるとそれは、多分男がさっきまで手に持っていた新品の巻物だと知る。
「何回あんたを介抱してると思ってるですっ」
「さぁね」
「とにかく、うちにいなくてもいいから休んでくださいっ」
 言われてもカカシは足を止めることは出来ない。
「このまま自分ちへ戻りますよ」
「嘘つくな!」
 男は、今までに見たこと無いほど怒っているようだった。
「そんなに殺気だって、家に帰る奴はいない」
(あ、だからばれたのか)
 カカシは自分が、内側からの感情をコントロール仕切れていないことを知る。
 自分は間違いなく、焦っている。
 それはこの男が追いかけてくるから、でもなく男に捕まるとまずいからでもなく、別に焦る理由がある。この場を離れないといけないと、ただそれだけで頭が一杯になっていた。
 そんな自分に苦笑いをしてから、カカシは一度後ろを振り向く。見慣れているはずなのに、視界に入った男に、見る度に初めて会ったような新鮮な感覚を持ってしまう。
「あんた、医療班?」
「……教師です」
「へぇ。そうなんだ」
 素直に感嘆して、足を止めた。すると男の足も止まる。お互い人の家の屋根の上だ。
 上手い、と思うのはこういうときだ。
 男は距離のとり方を知っている。今近づけば自分がまた逃げ出すことを分かっているのだ。
(捕まえたい、わけじゃないってのは本当みたいだね)
 もともと、拾われたときも何も窮屈なことはされなかった。
 何回目かのころから、簡単な食事が準備されるようになったことも知っている。
(まだ、――もつか?)
 カカシは体の調子から、まだもう少し会話をするくらいは持つだろうと判断する。あれが、訪れるまでまだ少しはあるはずだと思う。
「任務に出るわけじゃあないです。ただ、ちょっと急がないといけないことがあるんで」
「その、体でですか?他の方にも頼めないことなんでしょうか?」
 眉を寄せた顔に、カカシは口の端を吊り上げる。
 他の方に頼める。
(それができたら、どんなんにいいことか)
 どくん、と喋っていたカカシの心臓がなる。
(しまった)
 予想以上に早い。前よりも間隔が狭まっていると、焦る気持ちと反対に冷静な考えが浮かんだ。
 カカシが男を見ると、男は驚いた顔で硬直していた。
(間に合わなかったか)
 体が焼けるように熱い。
「耳…」
 驚いた男の声が聞こえた。
 カカシはその言葉に舌打ちをし、体が壊れるような感覚に眉をしかめながら、よろよろと走り出す。

 里の外へと向かうその後は、頭に獣の耳を持ち、尻尾を持つ、純粋な人とは言い切れない姿だった。






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