数え歌 3  



 軽い、冗談のつもりだったのだ。

(なんてうの。宣戦布告っていうかさ)
 顔を見せたのも。一緒に暮らそうなんて言ってみたのも。
 決闘では白い手袋を投げつけるみたいな。明日の天気を予測するのに、なんとなくゲタを転がしちゃうような。
(そんなお約束みたいな形から入るつもりだったんだけど…)
 今カカシの目の前には、イルカが居る。これ以上無いほど怖い顔をして、座っている。昨日から一晩過ぎているというのに、これから任務を貰うというのに、何故かぴりぴりするようなこの空気感。
「カカシ先生」
「はぁ」
(しまったなぁ)
 カカシは内心ため息をついた。
 イルカは多分真面目な男なのだ。あんな軽い、自分にとっては冗談のような、宣戦布告のような言葉に、多分真剣に不快を感じているのだろう。
「俺は、これに全てをかけようと思います」
 そう言って差し出されたのは、一通の紙。
 それは見るからに、ただの任務依頼書だった。
 今日の任務は子ども達と一緒のもので、何もこんな難しい顔をするものではないはずだ。用紙をひとまず受け取り、中を見るとそこには『失せ物探し』と書かれていた。
(思い出のピアス……木の葉の里のどっか、っていい加減な範囲だねぇ。で、期限は一週間)
「それを、子どもたちが…今日中に見つけたら、許します」
「え…、は!?」
 許してくれる、というのは嬉しい。
 これは最初の無礼から何から超消しにしてくれるということだろうか。
(けど)
 期日が一日で、子どもたちというのは。
 そんなことを思っては見るものの、イルカの怖い顔を見ればカカシはうなづくしかなかった。
(ああ、はいはい。それくらいの運命力が無ければいけないわけね。許してもらうのに)
 カカシは今日このピアスが、本当運命的な確率で発見させる可能性に思いをはせる。
(そういや、この人…昨日だって、俺の前で一気飲みしてざまぁみろとか言ってたんだよな)
 まぁそういうところも気に入ってしまった。
 だからしょうがないと、カカシはがしっとイルカの手を任務の紙ごととった。
「分かりました。約束ですよ」
「俺も男です」
「?俺だって男ですよ?」
「そういう意味じゃねぇっつの!」
 がん、とそのまま頭突きをされて手をばしっと離された。誰も受付所に居るやつらは驚いていない。となると、イルカのこの態度はさして珍しいものではないんだと、カカシは一人しみじみと把握していた。




「つーわけで、お前ら今日一日で見つけること」
「えええ!?」
「ていうか、何が『つーわけで』よ!全然意味分からないわよっ」
 失せ物探し自体は最近の定番だったが、さすがにこれだけ小さな物で期限が一日、というのには子どもらも参るのか悲鳴をあげた。
「お前らねぇ。これは依頼人さんの思い出のピアスなんだよ?」
 適当にそんなことを言ってみれば、子どもらは突然ぐっと黙った。
「んじゃま、そんなわけで頑張ること。以上!」
「先生は、やっぱり手伝わないってことね……」
「当然でしょ。しっかり成長しないといけないのは、お前らなんだから。昔から下を育てるものってのはそういうもんなんだよ」
「あ!それって俺ってば知ってる!前、スズナに親父が情けないと子どもがしっかりするんだよなぁってイルカ先生言ってたってばよ!」
「……。…違うだろ、それは…」
 だが子ども達はなれたもので、カカシがそれ以上何かを言う前に「作戦会議ーっ」と叫んでと輪になった。
 カカシはため息を一つつき、それからぼりぼりと頭を掻く。
(さて、どうしたものかねぇ)
 このまま子どもたちを待つべきか。
(でも、俺が手伝うわけにもいけないしね。ま、でも…)
 出会いは絶対的な予感がした。
 今まで外れたことのない、自分の予感。察知する才能。
 それなら、ここでその予感が途切れることなど無いだろう。
 例えその代償が。
「先生―!見つけたってばよ!今サクラちゃんが頑張ってるってばよ」
「あとは、頼む」
 夕方呼び出されて、本当かと出向いてみれば。
「きゃー!やった!落とせたっ」
 巨額の金額で、サクラが競り落としていたとしても。
「………」



 夕方、受付所に行くとそこにはイルカがまだ座っていた。
「はい、先生」
 カカシがピアスと任務報告書を渡すと、イルカは目を見開いて固まった。
「イルカ先生?」
「……」
「イールカ先生ー」
 衝撃はでかいのか、中々動こうとしないイルカの前で軽くカカシは手を振って見る。
 だが、すぐにイルカは気合で顔をがっと持ち上げ、苦々しい顔をしたまま呟いた。
「…だから、……」
「え?」
「俺は!あの家を離れられないので、あたなが来てください!」
 聞き返したのがまずかったのか。耳が壊れそうな怒鳴り声をあげられ、まだ受付所に居たほかの人間を含め、その場はしーんと静まり返った。
「……え?」
 カカシは改めて状況を考える。
(冗談に怒っていた先生。で、ピアスを持ってきたら許してくれるって…許すって、許す違い!?)
 イルカの顔は怒っている。
 だけれど、これはもしかして。
 自分の無礼を許すのではなく。
 あの、駄目もとで言ってみちゃったりしていた。
「よかった!イルカ先生も納得してくれたんですね」
 途端、にこやかな顔でカカシは言う。
「一緒に暮らすことを!」
 せっかくなのだ。この場にいる奴らに、噂として広めてもらって牽制をかけようという魂胆は丸見えの声だった。
「じゃあ今日、この後一緒に!一緒に!一緒に!帰りましょう」
「………、……はい」
 がくりと、負けたように頷くイルカにカカシはにんまりと笑うしかない。
(ああ。やっぱりこの出会いは運命的だ)
 そして絶対に、イルカも自分を好きになる。
 カカシは笑いながら、イルカの机の上の手に手を重ねる。すると、上忍でもよけきれないような、強烈なアッパーが八つ当たりのように見舞われたのだった。







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