数え歌  



「……っ」
 予感がした。
 体の自由を一瞬でも縛る程の、強い予感。
(これは、絶対外れない)
「あの…どうかされました?」
 目の前にいるのは、凡庸な男。
(よりによって…!)
 カカシは初対面の男の前だというのに、頭を抱えてしゃがみこんだ。
「え、どうしたのカカシ先生」
「先生!?」
 驚く生徒達の声も、耳から抜ける。
 カカシは、一瞬だけみた顔を思い出す。
(体つきも普通。顔も普通)
 自分を見て、見せた。まじめな表情のあとの笑顔。
(何もかも普通すぎ。お約束)
 だというのに。
 だと、いうのに。
「イルカ先生」
「はい?」
「お、俺は…あなたが大嫌いです」
「……は?」
「とにかく嫌いと言ったら嫌いなんです!」
 そして驚いている本人と生徒達を置いてカカシは逃走した。
(ああ、なんてことだ)
 カカシは、写輪眼とは別に予知能力のようなものを持っていた。たまに予感がするのだ。絶対的な勘。
 それは、絶対に外れることがない。
 親友が死んだときも。
 里に強大な敵が現れたときも。
 思っていた人間が死んだときも。
 なのに。
「なんで…あんな男に運命を感じるんだ!?」
 里の中だというのに、まるで敵とあったときのように全力疾走をしてしまう。
 人気のない空き地について、カカシはようやく足をとめる。そして、そのままよろりと倒れこむように木によりかかった。
 荒い呼吸を数度繰り返し、口布を下ろす。
 その瞬間、再度あの男の顔が脳裏に浮かぶ。
「くそ…っ!」
 カカシは再び走り出す。
 走っても走っても消えることのない、記憶と運命と戦うべく。
 だが、西の寺に走っても。
 東の見張り台に走っても。
 南の訓練場まで走っても。
 はたまた北の大木まで走っても。
「だ…だめだ………」
 ぜぇぜぇと、休みをいれずほぼ里の中を高速で回ったせいか、肩で息をしながら、カカシは荒い呼吸を繰り返し、そしてとうとう倒れこんだ。
「う……」
 暑い。
 本当に暑くてたまらない。
(あー…気持ちい……)
 頬にあたる緩やかな風が心地よい。だけれど、妙にのどが渇いた。
 起きるのは面倒だ。だが、喉が渇いた。
「飲みますか?」
 そのとき、そばにひんやりとした冷気を感じカカシは目を瞑ったままうなづき、そして飛び起きる。
「うわっ」
 そばにしゃがみこんでいたのは、妄想でも幻想でもない本物のイルカだった。
 カカシは言葉がでなくて、口をぱくぱくと動かすとイルカが手にもっていた缶ジュースを差し出してくる。
 気配に気づかなかったこととか、なぜイルカがここにいるのかとか言うこととか考えることとかは沢山あったけれど、カカシはひとまずそれを受け取ろうとして、イルカの笑顔とぶつかる。
 イルカは、笑顔でその缶を目の前で開けて、ごくりと飲み始めた。
 ごくごく、とイルカの喉が動く。
 それをカカシは呆然と見つめる。
 缶ジュースを完全に飲み終わったイルカは、腕で口元をぬぐってカカシを見つめ、そしてにらみつけるように、だけれど微かに口元をあげた。

「ざまぁみろ」

 言い捨て、イルカはすたすたと歩いていく。
 カカシは呆然としばらくその姿を見つめ、それからばたりと後ろに倒れこんだ。
「……。…、くく…」
 じわりと、何故かおかしさがこみ上げる。
「くく、くく…っ、あはははっ」
 声を出して、カカシは堪らないと笑い転げた。


 これは、やっぱり絶対的だ。
 初めのこの出会いに、カカシはまずまずだ、とうなづいた。




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