俺のせいじゃない!


「里、だ……」
 傷んだコートに身を包み、ぼそりとそんな言葉を吐くと、実感が体中を回り思わずほろりと涙が出そうになった。木の葉の大門も、懐かしい建物も。
(生きて、かえってこれたんだ)
 カカシは暫くの間里の見える山で感慨に浸る。
 ある意味カカシは帰任するたびに感動と共に冒頭のセリフを呟いていたが、今回は本当に一味違う。なんせ、カカシが聞いていた任務と内容が大幅に違ったのだ。
(途中で別の任務と重なった時も混乱したし、依頼に嘘をつかれたときもマジ泣きだったけど、潜んだ山が山神信仰の土地だったことで死んだと思ったね)
 追いかけられるたびに半泣きだったり、本当に泣いたりしていたがそれでもこうしてなんとか生きてこれた。山神信仰の土地では、本当に色んなものに追いかけられ、本泣きで夜通し走ったことも、あの土地を離れて数週間たった今なら思い出にできるかもしれない。
(まじで怖かったよ、あの土地! 絶対二度と近寄りたくないって)
 声に出すのがなんとなく怖く、心の中で文句を言ってからカカシはポケットを探る。
 途中途中で報告と共に火影から送られていた飴玉もあと一粒しか残っていない。これが無くなっていたなら、間違いなくカカシは生き残れなかっただろう。甘味は常にカカシの命綱だ。
(火影様。ちゃんと俺が居なかった月の分もお菓子もとっておいてくれてるかな)
 そんなことを思いながら、一足一足ゆっくりと里に近づく。
 大門をくぐると、見知らぬ忍が『お疲れ様です』と声をかけてくる。それを無言で頭を下げることで返す。これは火影との間で決められた仕草だった。
 知らない忍や一般人からの挨拶は動作だけで返す。それも基本的には頷くのみだ。過去、言葉を発してはまずいだけなのかと手話を交えたことで火影に叱られたことをまだしっかりと覚えている。
(あ、そうだ。報告にいかなきゃ)
 火影の家に向かおうとしたが、カカシはその前に帰任報告のため一度受付によることにする。任務の詳細は火影に報告すればすむが、帰任自体の報告は受付にも出す必要があった。
 ただそれはさして緊急で重要なものではない。それでもカカシはまず先に受付に向かうことにした。
(だってさ、だってさ)
 向かう足取りは軽い。思わず一度スキップしてしまい慌てて普通の速度に戻す。里内でスキップも火影から禁止されているのだ。
(受付にいけば…)
 イルカがいるかもしれない。
 そう思うと自然に足取りも軽くなる。うきうきと受付に向かえば、ちょうどその数少ない席にはイルカがちょこんと座っていた。
「イルカ先生」
 呼ぶとイルカが酷く驚いた顔をした。
「任務、終わりました」
 口布の中では満面の笑みだ。ほめてほめて、というわけではないが任務を報告するときは、大抵イルカは優しい。
「今晩先生あいていたら…、先生?」
 だがイルカからは何の反応もない。あれ、と思い首をかしげると、ガタンと椅子を倒してイルカは立ち上がった。
「…、…」
「え?」
「…、数ヶ月も! だまって任務にいってるんじゃねぇ、このくそ上忍!」
 カカシが里を出るときにすっかり忘れていたもの。
 それは、毎回任務に出るたびにしつこいくらい告げていたイルカへの出発報告であったことを、思い切り殴られながらカカシは思い出したのだった。