俺のせいじゃない!


「好きな本は?」
「んーいちゃパラ」
「得意な技は?」
「まぁ雷切とか」
「まぁそうですよね。これはそれしか言えないですよね」
 記者は苦笑いしつつ、公式な書面でも公開されている術を書き込んでいく。
 カカシはその様子など全く気にもせず、先ほどから手元にあるイチャパラと書かれた本をじっと見ていた。
 イチャパラと書かれた本の中身はなんてことはない、火影からのメモ帳だ。それをたまにパラパラと捲りつつ、気のないふりをして淡々と質問に答えていた。
「好きな食べ物は?」
「……秋刀魚」
 本当は甘いものが大好きだ。とくに最近こっているのは『日暮』の大福。
 使われている小豆も秀逸だが、皮の厚さ、塩気といい完全なバランスとしか言いようが無い。
(あーまた食べたいなぁ)
 秋にしか販売されないそれを思い出しながら、カカシはインタビューに答えていく。
 好きな色やら思い出の任務やら…。全て答えは事前に火影に用意されている。それを簡潔にカカシは答えるだけなので、ある意味暇でたまらない。
(でも、これをやれば…)
 おやつの点数を増やしてもらえる。
 それが引き受けた条件だった。
「最後に…これはちょっと、興味があって聞きたいんですが」
 火影が確認をいれた質問は全て終ったはずだったが、記者はもう一つと聞いてきた。見落としていたのだろうかと、メモ帳を探ろうとしたとき、先に質問がカカシの耳に入る。
「最近尊敬している人はいますか?」
 最近、とつけたのは過去の火影や、両親等を除くためだろう。
(尊敬)
 その単語が浮かんだ瞬間、カカシはその問いに答えていた。
「うみのイルカ」
 このインタビューは木の葉の毎日新聞、一面の特集記事だということをカカシはすっかり忘れていた。


「この馬鹿野郎がぁぁぁぁぁっっっ」
 感じた気配は、カカシが大歓迎するものでうきうきと扉をあければ、イキナリそんな罵声と共に頬に拳がめり込んだ。
 だがカカシも慣れたもので、拳がめり込みつつも倒れずにこにことした笑顔のままカカシはイルカに手を伸ばす。
「いらっしゃい。お疲れ様です、イルカ先生」
「…あんた、俺の罵声を聞きましたか。今! たった今の!!」
「はい! もう大歓迎です!」
 言い切った後に微妙な間を感じ、カカシは何か己が間違えたことに気付く。
 だがこの数ヶ月の付き合いで、己がおどおどとうろたえればイルカが益々怒ることも分かっていた。
 不思議なもので、イルカに恋に落ちてから、カカシはイルカに怒られたり怒鳴られることが怖くなくなった。
 出会った日は確かに怖かったはずなのに不思議なものだ。
「俺は…火影様に同情します……」
「そうですよね。なんであんな噂が先に回っちゃったんですかねぇ」
「お前がいうな」
 ガンと頭突きをされてさすがにカカシもよろめく。
 よろめいた瞬間、食べていた『カラメル本舗』の飴を噛み砕いてしまう。
「うっ」
 最後の一個だったそれが、口の中で砕け散り飲み込んでしまった衝撃にカカシはしばし固まる。
 その様子を見て、イルカは重いため息をついた。
「…今日は何を食べていたんですか」
「期間限定の、ショウガ糖ベッコウ、です……」
「あんた、本当いつも何か食べてますねぇ」
 あきれ返ったようにイルカは呟いて、それから今更ながら玄関に戻り靴をぬいだ。勢いのまま上がってきたイルカは、土足でカカシの部屋へとあがってきていたのだ。
 カカシの部屋は恐ろしく質素だ。その代わり、何箇所かに『家』という場所を持っている。もっとも、普段生活しているのはこの一番狭い部屋だ。畳の部屋のみで、寝る場所と食事を作るスペースのみだが、カカシは結構気に入っていた。
 もっとも、最近この家を気に入っている理由は他にもある。なんせ、この家にはイルカが来る。大抵罵声と一緒だが、最初の日からイルカは罵声と共に登場したので、いっそイルカと罵声はセット、と言えるくらいカカシの中では自然なものになっていた。
「あ。イルカ先生も何か食べますか?」
「結構です。どうせ、また甘いものしかないんでしょう」
 イルカはすっぱりと拒否の言葉を口にする。過去、一度カカシがもてなすために出した品々を見て、酷く険しい顔をしたことはまだよく覚えている。
 あの日イルカと別れて以来、カカシはことある事にイルカに接触を図っていた。自分が情けない姿を見られたことを、イルカは本当に黙っていてくれている。だから、カカシはあの出会いとは別に、受付で堂々とイルカに接触を図り、こうして日々頑張っているのだ。例え、その半分以上はイルカにはあっさり断られていたとしても。
(案外人間は慣れる生き物なんだよねぇ)
 そのことを、カカシはイルカに恋に落ちてから初めて知った。
「というかですね、あんたなんであんなことを言ったんですか?」
「あんなことって?」
「木の葉新聞の記事の話をしてただろうがっ」
「え、だって」
 カカシはひとまずイルカの分のお茶を入れながら答える。過去、日本茶に砂糖を入れて、派手に噴出されたことと、拳骨で殴られたことからイルカの分はちゃんと砂糖抜きで出すことをカカシは既に学んでいた。
「火影様の指定はなかったですし」
「無かったら、答えなきゃいいでしょう!」
「え? 全部答えないといけないんじゃないんですか? 全部答えてくださいねって言ってましたよ。あの人」
「…そういう所は上手いことやればいいんです。つーか、誰の名前を言ってもいいが、俺の名前を出すな!」
「え」
「驚くところじゃないですから、ここ」
 カカシはイルカの拳が当たらない位置にお茶を出す。それから、今言われたことを考える。何故イルカの名前を出してはいけないのか。火影がそもそも自分の言動を規制するのは、イメージのためだと言っていた。自分がイルカを尊敬することも何かイメージに関わるというのだろうか。
(それはおかしい)
 イルカはしっかりとした立派な人物だ。格好よくて、物怖じもしない。
(嘘は何もついてないのになぁ)
 じっとイルカの顔を見る。イルカは多分本当に怒っている。
「あ!」
「…なんですか」
「いえ、あのですね」
 カカシは声を少し潜める。誰が聞いているわけでもないが、こそっと耳打ちするようにイルカに囁く。
「……もしかして、イルカ先生は自分の魅力を知らないんですか?」
「……」
 ゴンと思い切り頭突きをされる。痛みに一瞬眩暈がした。
「あなた、昔からそんなんなんですか」
「違う俺の方がいいですか?」
「そうじゃありません」
 イルカはそれについてはきっぱりと否定をした。
「ですが、もうちょっと常識とか、一般的な感覚を学んでも…とは言わないので、とにかく俺の名前を出さないでください」
「そんなにダメなんですか?」
「…あなたは知らないかもしれないですけどね」
 イルカははぁとため息をつく。
「一介の中忍にしかすぎない俺が、あなたに尊敬されるという記事がでるとですね。物凄いやっかみもくれば、好奇心旺盛な奴らもわんさか寄ってきますし。てんやわんやで今日は仕事にならなくて、とうとう切れて怒鳴れば『ちょっと気に入られているからって』とか言われるんですよ」
「せ、先生湯のみが壊れます」
「湯のみくらい壊させろってんだ!」
「はい!」
 イルカがガンと机を叩く。
「でも、俺は…そんな風な先生を本当に尊敬もしているんです」
「も?」
「はい。尊敬もしてるし、俺イルカ先生が好きなんですよね」
「……」
「今回、好きな人を聞かれなかったのが残念だったんですけど。やっぱりあれって、こっちから勝手に喋る訳にはいかないんですよね?」
 イルカは暫く無言のまま固まった。
「でも、そもそも火影様もあの記事、確認したはずですよ。必ず印刷前に、火影様の確認を通るはずですし」
 火影様、の言葉でイルカの体に魂が戻る。
「…本当ですか?」
「そうですよ」
 真面目にうなずくとふらりとイルカは立ち上がる。
「……知らぬ、と俺にいったのは嘘だったって訳ですね…あの野郎」
 火影をあの野郎、といったことはこの際つっこみは無しだ。
「え、あ、あの、イルカ先生」
「大丈夫です。あなたに迷惑はかけません」
 にこりとイルカは笑う。
 そして出て行こうとする中、くるりと振り向く。
「さっきの話ですが」
 さっきの話とはどれだろう、と思ったものの今話しの腰を折れば、再び怒られることは目に見えていたのでカカシは黙っておいた。
「好意は喜んで受けます。何を気に入ってくださったか分からないですが、有難いことです。でも、恋愛感情なら受け取れません。それはあなただからではなく、あなたが男だからです」
 一礼と共にイルカは姿を消した。
 その姿の消えた扉を見つめながら、カカシは普段食べている飴に手をゆっくりと伸ばす。
 ゆっくりと優しい甘さが口に広がっていく。
 暫くその場所からカカシは動かない。
「…何を言っても格好いいんですよねぇ」
 そう。カカシは、衝撃を受けるでもなく、ただイルカの格好よさの余韻に浸っていた。
 一礼をぴしりとする姿も決まっている。きっぱりと、わざわざ答えてくれる姿もとても優しい。
 カカシはもともとイルカに何かを期待しているわけではない。自分が勝手に好きになっただけなのだ。だから、イルカにとっては幸か不幸か、返答が断るものだったことなど、微塵も気にしていない。むしろ勝手に一人、最後のイルカの姿に喜んでいたりするのだ。
(でもなんであんなに、全部が全部格好いいんだろう。先生こそ特集されればいいのに。あ! そうすれば好きな食べ物も分かるのに)
 イルカが聞いたら殴られそうな妄想も、カタリと傍の札が知らせる合図に中断される。どうやら、もうそう長くはのんびりとしていられないようだ。
 カカシは一度息を吐くと、立ち上がる。
(今日も怖い任務がまっている)
 生きて帰ってこれるのか。だが、生きて帰ってきてイルカ先生に会いたいし、来月の火影からのお菓子も貰いたい。
 イルカは大抵任務の帰還日を予告しておくと、その日だけは予定を空けていてくれて、食事には付き合ってくれる。
(特大のご褒美だ)
 それを思い、カカシは少しだけ笑う。
「ま。頑張りますか」
 首をコキコキと鳴らして任務準備のために立ち上がったカカシは、重要なことを一つ忘れていることに全く気が付いていなかった。