俺のせいじゃない!


 写輪眼のカカシ、といえば木の葉の里では知らぬ人間がいない程有名な男だ。
 その『はたけカカシ』が受けた任務内容は忍を目指す子ども達の憧れとして語られ、実際の忍達の間でも一瞬の伝説のように話される。同じ任務につけることは名誉であり、貴重な体験だった。
 だが、カカシは滅多に他人と組む任務がやってこない。その理由は簡単だ。
「お主は…決して喋るな」
 火影が渋い顔で言うのだ。
「え、なんでですか」
「木の葉の里はな、お主に憧れ取るんじゃよ。強くて格好いい『はたけカカシ』にな!」
「……は?」
 例えば。
 有名な話の一つに、『渡り鬼』の任務がある。長いつり橋で出る凶悪な男をカカシが退治した話だが、男とカカシは傷つけられた部下を庇うため1対1でつり橋で闘いを挑んだ。九尾ほどではないが、その存在も『化け物』と呼べる自然が力を与えた異形のものだった。それをカカシが見事倒したという輝かしい話だ。
 だが、それをカカシに言わせれば
『だって、あの男あろうことが俺が楽しみにしていた「団子姉妹」の家を壊してたんですよ。もー今回任務地を聞いてからそれだけが楽しみだったのに。思わず駆け寄ってみたら、まだ大して壊れてなくて。でもほっとする間もなく…あの敵、本当に化け物なんですよ!!牙もこんなんで!唖然としてるうちに、近づかれちゃって。距離も距離だし、もう一歩でも動いたほうが死ぬ、みたいな。部下達はなんか誰も近づいてきてくれないし。けど『団子姉妹』を食べるまでは絶対に死ねないし』
 伝わってる話では、カカシは酷く落ち着いていて、自ら部下を庇うように進んで敵の前に移動したという。そして、敵の挑発に載せられることも、その殺気に気後れすることもなく平静と対峙していた。…ように見えたらしい。
『で、いざ戦おうと思ったら、あいつの腕に団子がはりついててさ。もーありえないありえないありえない。恐いのとありえないのと、許せないのでもう混乱しちゃいましたよ。あはは』
 この話を知っているのは火影だけだ。
 毎回火影だけが、カカシの情けない話を聞いている。
「で。誰が、格好いいんですか?」
「おぬしじゃ」
「俺?どこがですか。まっさか、何言ってるんですか。それ」
 カカシは人付き合いをしない。それはクールな訳でもなく、ただ人が怖いからだ。
 みな強そうだし、ついでに気も強そうで話かけても無視されそうな気がするのだ。
「飴をやろう…」
「え、いいんですか!」
 カカシの好物はお菓子だ。いつもポケットには大量の雨やらお菓子が入っている。覆面を最初し始めたのも、これをしていればお菓子を食べていてもばれないと思ったからだった。
「いいか。お主が毎回任務を終えたら任務報酬とは別に、『風味堂』の飴と菓子を買ってきてやる。更に毎月、わしが長年かけて吟味した菓子を紹介してやる」
「え、本当ですかっ!!」
「だからお主は、人前で喋るな」
「はい!」
 カカシは当然即答だ。そして頭を抱えるのは火影である。
 火影とて、まさかここまで勝手なイメージが、それこそ他国にまで広まってしまっているとは思わなかったのだ。
 それからはや数年。
 カカシは自宅で猫と戯れていたわけだが。
(ああああ。どうしよう…!)
 一晩あけて、カカシは真っ青な顔で目を覚ました。正しく言うなばら一睡もできないまま朝を迎えていた。
 あの後男から逃げるように一瞬で姿を消したものの、自分の失態は消すことが出来ない。
 不用意な発言をしてしまった。イメージを崩すなといわれていたのにだ。約束を破った上に、となるともうお菓子ももらえなくなってしまう。
 火影の約束を破ってしまっただけでもショックだというのに、お菓子まで消えてしまうとなれば本当にこれ以上ない衝撃だ。火影の取り寄せる菓子は他国の珍しいもの、また身分の無いものでは買うことがとうていできない高級菓子だ。先月もらった、「一音庵」の和栗最中など絶品中の絶品だった。ありえない美味さに、カカシの人生はその瞬間太陽に負けない輝きを放った自信がある。
 カカシは顔を洗い、それからレモン味の飴を口に入れる。朝は柑橘系の飴を舐めると決めているのだ。
 それを舐めながら、さぁどうするかと考える。
(ひとまず火影様に報告…)
 考える頭に和栗最中が浮かぶ。
(……口止めできないかな)
 必死にお願いすればなんとかならないだろうか。そう思うものの自分ごときができるわけないとカカシはため息をつく。
 そんな時、またみーと小さな鳴き声が聞こえた。
 カカシが昨晩眠れなかったもうひとつの要因。結局申し訳ないが途中で呼び出したパックンに世話をしてもらっていたものの、カカシが起きた気配を感じたのか近くに寄ってきたのだ。
 背中から気配を感じたそれが、どんとカカシの背中にぶつかった。
「みゃー」
 鳴き声を真似ると、嬉しそうに猫がまた一声鳴く。
 外に出ていたはずだが、きっとパックンが案内をしたのだろう。少し前に扉が開いた気配をちゃんとカカシは感じていた。
「なぁにーパックン?どうしたの?さっさと入ってきなよ」
 だがパックンの気配は扉から動かない。
「パックン怖くなかった?」
 みゃーともう一度鳴き声を真似て子猫の顔を舐めると、パックンではない違う気配を感じカカシは思わず子猫を抱えたまま飛びずさった。
「え」
 玄関から驚いた顔をしたパックンが連れてきたのは、昨日の黒髪の男だ。
 黒髪の男はカカシを睨みつけるような顔をしている。
(な、なんだ…)
 カカシは男の顔を正面から見るが、はっきりいって見覚えが無い。
 だが男は何か確かな「意志」をもってカカシを見ている。
「あ、あの。何か御用で…」
 いいかけて昨晩のことが蘇り動きが止まる。
 もしかして。
 いや、もしかしなくても。
 これは最大のチャンスではなかろうか。今この男に口止めをしてしまえば全てが丸く収まるのだ。
「……あ。あの」
 カカシは唾を飲んで、抱えた子猫を無意識になでながら声を出す。
 ここでなんとか男を丸めこないといけないのだ。自分の思いつく限り有効な手段で、まずは男をひきつけなくてはいけない。カカシはカリっと、珍しく飴を噛み砕いた。
「『輝りん』の芋羊羹…食べませんか?」
 数秒の沈黙。
 その後それは、男の怒声により打ち破られた。
「羊羹食ってる場合じゃねぇだろうが…!」
 ガンと頬に衝撃。そのまま見事吹っ飛んだが、パックンが背中を止めてくれた。
(ああ、やっぱり)
 世の中には怖い人が多いのだとカカシは逃げ出したくなっていた。