■ 愛玩中忍 ■ |
カカシと出会ったときのことを思い出すと、第一印象は公序良俗違反と、酒と、覆面とホモという単語が羅列される。
「…これって、あんまりな記憶じゃなかろうか」
思わず自問しつつも、イルカはとぼとぼと帰り道を歩いていた。
寂しくて、カカシがこの世から居なくなると思うと耐えられなかった自分の気持ちは、カカシを大切な人と認めている。
同じようなものを、カカシからも示されていると思っているのは自意識過剰でも、傲慢では無いはずだ。
だが、どうしてカカシは自分にそんな感情を持っているのだろうか。
それだけは、どう考えてもイルカには思い浮かばなかった。
(寂しくしたくなかった、とは言ってたけど、そもそもなんでそう思うんだ?)
同僚達の言った「面白い」くらいで、カカシは興味を示したというのだろうか。
「納得いかねぇよなぁ」
一度はまった悩みから抜け出すのは案外と難しい。
意識しなければ、イルカのことだ。すぱーんと、その悩みを忘れてしまうのだが、こうして考えていればそれはどうしようもない。
だから、自分の家の前を通り過ぎてもイルカは気づかない。
その腕を掴まれて初めてイルカは顔をあげた。
「先生、どこまでいくの?」
「は。え、家に帰ろうと…してないですね。ははは」
通り過ぎている扉に気づいたイルカは、なんともいえない気持ちになる。集中しているときには限りなく力を発揮できるが、それ以外のときにはどうも弱い。それはイルカの長所でもあるが、忍としては難しい所でもあった。
だがカカシは口布を下ろし、微かに口の端をあげる。
優しい笑み。あまり感情が出る性格ではないようだが、自分を見ているとき、男の顔がよくこの表情を作るのは知っている。
(で、見るたびに…唇からして、妙に色気を持ってるって思うんだよなぁ)
カカシに手をひっぱられながら、イルカは逃避のようにそんなことを考える。
空いているカカシの手が、イルカの家の扉に触れる。イルカは、その様子を見ながら、考え続けていたことを口にした。それはほとんど無意識の出来事だったが、実際に言葉にしてみると、それを伝えきるのは想像以上に気合が必要だった。
「カカシさんは、俺を、好きなんですか?」
呟いた瞬間、扉が開きカカシの動きが止まった。
カカシが振り向く。表情の薄い顔。
その顔が少しだけ、傾けられる。
「……なんで?」
イルカは動きと共に、呼吸も止めた。
(なんで、って)
なんで、とは『なんでそんなことを聞くの?』なのか、それとも『なんで?そんなわけ無いじゃない』のどっちなのか。
後者なら、カカシに自分はだまされたことになるのだろうか。
もしそうだとしたら、自分はすっかり騙されていた。この顔で、これだけ一緒にいてくれえば、あんな顔で笑われれば、自分と同じような気持ちだと誤解してしまったとしても自分には非は無いはずだ。
(けど、それって)
「人でなし…」
「は? ちょ、イルカ先生」
「そうですっ、人でなしですよ!人でなしーっ!」
「だから」
「もっと、全うに、誠実に! お天道様に顔向けできるように生きろってんだ。 あんたが不誠実に生きると間違いなくな、この世の害ですよ! 害!」
己の妄想が、妙な現実感を持って襲ってきて、思わずイルカは現実がそうであったかのような怒鳴り声をあげる。
「そう? 何も変らないと思うけど。でも俺、イルカ先生にはとっても真面目なんだけど」
「う」
どこが、とはお弁当やら家事やらを思い出せばいえなかった。
「違うの? 違わないなら、問題ないじゃない」
淡々と、落ち着いた声でカカシは告げてくる。
まっすぐな瞳で見られると、あっという間にイルカは言葉に詰まった。上手く物事を伝えきれない自分が悔しい。
怒鳴り声をあげるような威勢の良さはもう完全に消え去り、イルカは様子を伺うようにカカシを見る。
その瞬間、ふと記憶が蘇る。
『じゃあ照れ隠し?』
過去、カカシに言われた言葉。
(てれ、隠し…?)
今、怒鳴り声で隠しているもの。
もし、そんなものがあったとすれば、それは照れではなく、カカシの行動を勝手に勘違いしていて、カカシは自分を好きじゃないかもしれないと思ったときに感じた――己の悲しみだ。
(こんなもん、好かれていないくらいで感じるはずじゃなかったのに)
思った瞬間、衝撃は涙となって零れ落ちた。
「え、ちょっ」
「う、うわーっっ、ひっ、うっ」
一度泣き出すと、混乱していた感情が一気にあふれ出して止まらなくなる。もともと、泣き出すと止まらないし、派手に泣くイルカだ。カカシは数秒呆然とした後、慌ててイルカを部屋の中に引っ張りいれた。イルカは抵抗しようとしたが、泣くにの一生懸命で抵抗もままならない。
「ひっ、うぅ、馬鹿―っ! あほっ、たらしっ、猥褻物――!」
「前も聞いたけど、なんで俺は猥褻物になるんですか」
「そ、んだけエロい顔して、人を騙し、って、っぅ、何言ってるんだ! 馬鹿野郎っ」
「ああ、もうそんなに泣かないでよ。あんたに泣かれると、俺は心臓が痛い」
言い切って、カカシはペロリとイルカの涙を舐め、そのままそれに吸い付くように、きつく頬に吸い付いた。
きつく抱きしめられ呼吸が苦しくなる。強い力で腰から、尻にかけて撫でられる。間に割りいれられた腿が、股間をぐいぐいと押してきてイルカは泣いて高ぶった気持ちが逃げれなくなるのを感じる。
「ひっ、う、やぁ」
そのままイルカの首筋にカカシが歯をたてる。
色んな意味で涙が止まらなくなったイルカの体が、びくびくと震えるがカカシはそんなこと関係な、とでも言うように器用にイルカの体を刺激してくる。
(空気が)
頭に、回らない。
生暖かい舌は、卑猥なのにどこか優しく、まるでなだめるかのようにイルカを舐めてくる。抱きしめる腕は、イルカを逃がさないかのようにきつい。そして、高められる体は、悲しみから目をそらさせるように、とても激しい。
(あ)
初めて、イルカはその瞬間、カカシがきっと今困っているのだということにぼんやりとだが気が付いた。
「カ、カ」
「…肌、気持ちい」
ペロリと己の唇を舐めて、それから男の唇が軽く重なり、深く合わさった。絡められた舌は酷く熱く、そして生々しく男を感じさせた。
同時に、男が自分にあまり喋らせないようにしていることとか、違うことに意識を持っていこうとしていることとか。
気づいたけれど、それはそんなに悪いものには思えなかった。
(この人も、何か感情を、隠しているんだろうか)
イルカはそんな疑問をはじめて持ったが、その思考は長く続かない。
「んんーっ!」
男の手がイルカの性器にじかに触れてくる。
後ろは玄関の扉があり、逃げられない。急速に高めようと動かされ、あっと今に熱くなるそれに、任務だのカカシの入院だの色々あり、長く触れていなかったことを思い出す。
「あ、うぅ」
先端をなぶられ、じわりとしたものがあふれ出す。腰がしびれる。
頭がくらくらとする。
「そんな、触るなぁっ!」
「気持ちいでしょ? ほら」
「は、ぁ…っ」
いつの間にかぬめりをまとった指が、イルカの尻にもあてられる。
イルカはそれを止めたくて体をねじるが、指はつつつと、狭間をすべりくぷりと先端を入れられる。たったまま入れられるのは酷くきつく、そして指の動きをはっきりと感じた。
痛いと、気持ち悪いと思うと前を嬲られ、呼吸が酷く苦しい。
そして男の手も、太ももに当たる感触も、酷くイルカを乱れさせる。
(熱い)
それが、何の熱さかイルカとて分かっては居る。
(この人が)
何故自分を必要としているのかは、未だによく分からない。だが、自分は男を必要としていて、熱くなってしまったものをどこかで可哀想だと思った。同じように熱いものに、己の悲しみの予感は不必要だと信じたかった。
だから手を伸ばして、布の上から触れれば男は一度驚いたように体を震わせ、それから微かに笑う。
(だから、卑猥だって…っ)
その表情にくらくらする。深い口付けを交わしていたせいで、唾液でぬれている唇も、少しだけ高潮した肌も、汗ばむ体も。眩暈がしそうだ。
なんとか男のものを、愛撫と呼ぶには稚拙なそれで触ると、イルカの性器を嬲っていた手が、ぐっと動く。あっと思ったときには遅く、カカシの手がイルカの手を掴み、そして二人の性器を合わせるように掴ませた。
「や、ちょ! ちょっとま、てぇぇぇぇっ! う、あぁっ」
そのままぐりぐりと嬲られ、だが逃げれば後ろに入った指が深く刺さり、イルカは涙目になりながら罵声と矯正がまじった声をあげる。
カカシはそれに嬉しそうに笑い、イルカの頬に口付けてくる。
(ああ、もうどうでもいい)
考えたくない。
まともになれば、今の状況がどれだけ酷いか分かってしまう。だがそれを分かりたくないと思う。今はこんなにも体ではっきりと、男が傍にいることを感じられるのだから。
促されるままに手を動かし、カカシの手に予想もしない刺激を与えられ、あげく後ろを嬲る手に、あっという間にイルカの性器は限界を迎える。
「まだ…」
「え、なっ! ちょっ、あっ」
カカシの手がイルカの性器の根元を掴む。
だが、手は動かすように促され、イルカはそれを否定することもできないまま、囁かれたとおり手を動かす。その間も中に入ったままの指は、イルカの体を熱くさせる場所を酷く刺激してくる。
快感で体が埋めつくされる。
涙で目がかすむ。
呼吸が熱い。苦しい。
「し、ぬぅ…っ」
「もう、ちょっと」
「や、だぁっ! は、早くいけ、ぇ」
悲鳴のように叫ぶと、中の指が酷く乱暴に動く。だがそれを体は痛みではなく、鋭く、強烈な快感としてとらえ、頭が真っ白になる。涙腺が完全に壊れたように涙が落ちていく。
「あ、っあああ――っ!」
熱いものが外ではじけた。それを感じた瞬間、緩められた指に、刺激された前立腺に、イルカも同じものを放つ。
そしてそのまま放心するように、ずるずるとその場に崩れ落ちていく。
(な、んだ、これ)
頭ががんがんする。
強烈な快感に、肌がまだどこかチリチリとする。
だがカカシに手を取られる。ぼんやりとした視界で、カカシがイルカの精液で汚れた指を口に含むのが見える。丁寧に舐められる姿はどこか淫らだ。
「あんた、…外、歩かないほうがいいですよ」
力ないまま、それでもイルカは必死に訴える。
「それはさすがに無理だねぇ」
一通りイルカの指を舐め終わると、カカシはイルカの頬を優しく撫でる。
(違う)
外を歩かないでほしいと思うのは、自分の感情だ。
公序良俗に反してようが、猥褻物だろうが、自分は関係ない。ただ、いつまでも見慣れず、くらくらするこの思いを、他の、不特定多数の人間にもたれたくないのだ。
疲れた頭は、今まで気づかなかったことや、無意識に認められなかった事実を素直に理解させた。
「あんたに、泣かれると本当に困る」
「…好きでもないくせに」
「だから、なんでそうなるの?」
カカシは首をかしげて、心底不思議そうに呟く。
「こんなに、あなたのことばかり考えているのに」
その顔は、言葉はあまりにも真面目で、真摯なものを含んでいてイルカは理解が数秒遅れる。
「な、何言ってるんですか!」
「何って、俺の気持ちですけど。あ、でも元気でたみたいですね。よかった」
「だから、違うもんまで出させんじゃねぇぇっ!」
そのままぎゅうぎゅうと抱きしめられて、イルカは当初の不安も悩みも、ひとまず忘れ去り、なんとか男を一発殴ることに必死になっていた。
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