馬鹿な男  



 隣で眠る裸の人は、このときだけは無邪気とも思える、あくの無い顔をしている。
 肘をついてベットに寝そべりながら、見下ろしていると、それは自分が初めてこの男とであった時の顔だと思い出す。
「馬鹿だよね」
 つぶやくと、耳障りだったのか眉が一瞬よるが、それはすぐに戻る。
 受付で出会った男は、今まで出会った中でも一番興味を引いた。それは純粋さが気になったのかと思い、汚すようなことをした。さりげなく刺のある言葉を吐いたり態度をとってみたが効果はなかった。 きついことや、怒らすことを言っても、男は怒ったがそれでも何も汚れなかった。 
 だから余計気になって。
 だから無理やり犯してみた。
 女を抱くように喘がせてみたら、悔しそうな顔をしながら、驚愕し、そして涙を流し震える姿はとても乱れていて、汚した気がしてとても気持ちがよかった。今まで感じたことのない程の快感を得て、それは今でも思い出すたびに体の中をぞくぞくと走りぬける。
 だが誤算があった。
 男を汚したし、汚れたのに無くならなかったのだ。自分の興味が。
「おかしいよね」
 つぶやいて、口の端をあげる。
 目の前の男は、受付ではじめてあったときのような顔をもう自分には見せなくなった。それは何故かは考えない。でもこうして男を繋いでいる。繋ぐのは簡単だ。自分は上忍だ。それは地位が上ということでもあり、実力が上ということだ。この男は決して逃げれないのだ。
 硬い髪に硬い体。何がいいのかいまだに分からない。だけれど強烈に興味を引く。この男は。
 そっと視線をずらすと、手首にはくっきりと痣がついている。あまりにこの家にくるのを嫌がったので、無理やり引っ張ってきた。玄関に入ると恐怖に引きつったように暴れたので、ぞくぞくして思わずその場で犯してしまった。それでも足りず、そのあと気の済むまで体を触り、プライドが高いだろうこの男を本格的に泣かせ、やめてと女のように言わせてみた。余計に興奮して、本当に何が興味を引くのかわからないまま夢中になってみた。
 パタリと男の横の、余った枕の部分に顔を埋める。朝の気配が近づいてきている。最近どうもうまく眠ることができない。だけれど、いや、だからこそこうして隣で眠る男を見るのは悪くないと思う。寝息を聞きながら体を休めることも。
「ん……」
 自分の髪があたったのか男の声がもれる。
 顔は枕に埋めていたので顔を見ることはできなかったが、隣の男が一瞬、寝ぼけているにしろ目を覚ましたのを感じた。
 視線を感じる。
 男の手が触れるか触れないかの位置で自分の髪に触れた。
 その手はとても優しい、男の眉はより、顔が険しくなっているのを感じる。触れるか触れないのか距離で動く手は気持ちよく、そのまま眠ったふりをした。
「……馬鹿だよな」
 つぶやかれる言葉。
 そうだよ、あんたは馬鹿だ。俺に目をつけられたのに逃げれるわけはないのだ。
 だから暴れても無駄で、本当にいやならさっさと里長にでも告げ口をするべきなのだ。
 だが、それを男がしないのは、プライドの高さとか保身とかとかそんなこととは一切関係が無いことをちゃんと知っている。それに、男がこうして自分が寝ているふりをしているときだけ、優しい手になることも。
 なんで、と男は呟いた。泣きそうな声になったと思った途端、体がぞくぞくとした。
「…。帰り、たくない」
 つぶやかれた言葉は本当に小さな言葉だった。
 その言葉に、思わず笑いがこみあげる。正直に認めてしまえば楽なのに、こうして葛藤する男は本当に馬鹿だと思う。


「どうせ帰れないんだよ」
 イルカに聞こえないようにカカシは口の中でだけ、そう呟いた。





NEXT