三太さんに書いてもらった神恋シリーズ!




大学構内にある、いつものカフェテリアにて。
待ち合わせをしている親友を発見した佐久間は、開いた口からその名前を音にするかわりに深いため息をついた。ここ一ヶ月見慣れた『それ』に、やってられないとばかりに軽く頭を振る。
佐久間の視線の先、彼の親友こと小磯健二は何ともしまりのない笑みを浮かべて一心に携帯を見つめていた。
男が一人でにやにやしているところなんか、見たところで楽しくもなんともない。
どうにも堪えきれないのか、頬を弛ませてでれでれとしか表現しようがない笑み。むずむずと唇が動いている。手の中のそれから目を離さない彼の姿を、佐久間は衝動的に携帯を取り出してカメラを起動させた。


ピロリンッ


珍妙な音は流石に健二の耳に入ったのか、彼は音のした方向に頭を上げる。そしてすぐ傍で携帯を操作している佐久間が立っていることに目を瞠った。
「何だよ佐久間。いたなら声かけてよ。ていうか今何、」
「気づかないほうが悪いんだろ。…で? 健二くんは何をそんなに嬉しそうに見てたのかな〜?」
「わっやめろよ!」
ひょい、と健二の携帯を奪い、慌てふためいて立ち上がる健二の手を押さえながらそれを見る。瞬間、佐久間の顔が何とも生ぬるいものに変わった。やっぱりか。同時に健二の顔が真っ赤になる。おお、噴火みたい。
「お前…」
「さ、佐久間には関係ないだろ!」
「いや、ないけどさ…。よくあきないよな」
言いながら携帯を持ち主の手に返してやると、健二は素早い動作でポケットに仕舞いながら怪訝な顔をした。
「へ?」
「キングの写真、かれこれ一ヶ月暇さえあれば見てるだろ」
「なっ、なななななんで?!」
かああっと顔中を赤くしたままぎょっとした健二が叫ぶ。ちらほらと人気のあるカフェテリアで、幾人かがちらりと彼を見たことすらも気づいていないようだ。
なんでって、お前、そりゃあ。
「誰かさんの馬鹿みたいにでれでれした顔みてりゃ、一発で分かるって」
「でっ、でれでれって!」
「でれでれじゃなきゃ、あれだ、でろでろ?」
にやにや笑いながら言う佐久間に、健二はうるさいと思い切りその頭をはたく。そして痛いと喚く彼を尻目にコーヒーカップとソーサーをトレイごと持ち、置き場所に置いてさっさと店を出て行く。佐久間が後からついてくる。
「用がないなら帰るけど」
「いやいや、あるって。買い物付き合え」
「いいけど、俺やることあるからさっさと終らせてよ」
「やること?」
「帰ったら、掃除しないと」
「ふーん」
意味深な相槌に健二は顔をしかめる。
「何だよ」
「いーえー、何でも?」
へえ、掃除ねえ。ひとりごちる佐久間をうろんげに見やりつつ、む、と口の端を曲げた。
「…佐久間」
「んー?」
「俺、そんなに見てる?」
何を、なんてそんなのは愚問だ。佐久間はまじまじと健二を見た。
「自覚なかったわけ?」
「……」
その雄弁な沈黙に、ガチで、と佐久間は失笑する。前に健二と佳主馬と顔を合わせたとき、たかだか数時間だけでも佳主馬が健二をどれだけ好きなのか、何となくわかった気になってはいたけれども。
(これって、健二も相当だよなあ)
無自覚ってやつが一番性質が悪いことを、この親友は知らないのだろうか。
指摘しようかと頭の片隅で考え、だがすぐに思い直す。親友が幸せなのはこちらとしても嬉しいが、あてられるのはごめんだ。自分の知らないところで思う存分いちゃついてくれ。
「まあいいけど。それよりお前基礎教養のレポどうだった?」
「あー、あれ」
ツッコまれずに無難な会話になったことにほっとする健二に気づかないふりをしながら、佐久間はポケットの中の携帯の存在を無意識に探る。


結局健二は、佐久間が何を写メったのかを問い詰めることはおろか、その行為自体を忘れていたのだった。



         ***


佳主馬と会うのは、実に一ヶ月ぶりのことだった。
一ヶ月前、名古屋でのあれそれを思い出すとそれだけで顔から火を吹きそうだ。
(あああああ…)
やめよう。本当やめよう。思う端から途切れ途切れ、写真のように細切れだったり映像だったりが脳裏に蘇ってくる。制服の佳主馬だとか、彼の友人の興味津々な顔とか、理一の意味深な笑みとか、池沢家での夕飯のこと、――あげくの果てにはホテルでのことすらも。
「ああああ、だからそうじゃなくて、忘れろ、忘れろって」
頭を抱えながら自分自身に言い聞かせる健二の後ろから声がかかる。
「何を?」
「うわあっ?!」
「っ、健二さん?」
びくりとして振り向く健二に、目を瞬かせた佳主馬が首を傾げる。健二の家、玄関を上がったところで突然頭を抱えた彼を何事かと見ていた佳主馬だ。
「どうしたの?」
そうだ、彼が来ていたのだ。
佳主馬がいることすら意識から追い出していたのかと思うと健二は余計にいたたまれなくなり、そっと目を逸らしてリビングに案内する。
「な、なんでもない。ええと、あ、荷物なら…」
「健二さんの部屋、でしょ。何度も来てるんだから、分かってるよ」
「あ、だよね!」
「…本当にどうしたの、健二さん」
「ひ、久しぶりな気がするなって」
「そう?」
「そうだよ。直接会うのは一ヶ月ぶりだ、し…」
「うん、それで?」
じっと見つめられて、健二は内心で呻く。自意識過剰でも何でもなく、自分への想いを露にした黒々と輝くこの瞳から逃げられたことなどないのに。
「な、名古屋でいろいろあったなって…」
「ああ、うん。そうだね、…『色々』思い出してたわけ?」
「…っ!」
図星を指されて言葉を失う健二の顔に何を見たのか、佳主馬は嬉しそうに笑いながら健二を抱きしめる。
「か、佳主馬くん」
「うん。…健二さんだ」
しばらく堪能するように腕の中に閉じ込めて、満足したのかようやく健二は解放された。
「そうだ、母さんが次名古屋来るときはちゃんと顔見せてって」
「え」
「嫌じゃなければね」
「い、嫌だなんてそんな!」
「わかった、そう伝えとく」
「…う、うん」
頷きながらも、名古屋に行くたびに聖美たちに挨拶に行くのかと思うと挙動不審になる。この恥ずかしさはどうやったって慣れない。そういえば前にもっと遊びに来いと言っていたけれど、あれはやっぱり本気だったのだろう。
そうしてまた頭を抱えて一人百面相をする健二は、それを楽しげに見つめる佳主馬の視線にはしばらく気づかなかった。



夕飯後、風呂を借りてすっきりした心地で、佳主馬はスウェットに着替える。定期的に泊まるようになってから、健二のうちには自分のものが少しではあるけれど確実にある。健二の空間に、あることを許されている。それは無性に佳主馬を喜ばせる。
棚に置いておいた携帯がチカチカと定期的に光っていることに気づいて、佳主馬はそれを手に取った。携帯を開いて、新着メールの宛名に首を傾げる。そうしながらも指がためらいなくメールを開き、そしてその瞬間彼の目は大きく見開かれた。

健二の部屋の扉は開きっぱなしになっていて、佳主馬が顔を覗かせると同時にピコン、と電子音が聞こえた。
『よお、健二』
佐久間の声だ。狙ったようなタイミングだと眉をしかめる佳主馬には気づかず、健二は返事をする。
「何。今取り込み中なんだけど」
『ああ、キング来てるんだろ?』
「何で知ってんの?」
いぶかしげな声に、健二が教えたわけでないのだと知る。扉の柱に寄りかかりながら、声をかけていいものか思案していると、佐久間が笑った。
『分かるっつの。不精なお前が家に帰ってわざわざ掃除とか、キングが来るとしか思えねーし』
「…別に佳主馬くんが来ないときでも掃除くらいするよ」
『でもわざわざ口に出したりしないだろ。で、そのキングは?』
「お風呂」
「もう出たけど」
ずっと黙って聞いていることもないだろうと、佳主馬は口を開いた。
「佳主馬くん!」
『キング!』
驚く二人に肩をすくめて、佳主馬はカメラに映るように健二の隣に腰掛ける。前回会ったとき同様、佐久間は何も変わっていないようだ。
「早かったね」
「うん。…佐久間さん、これ、何?」
これ、と言いながら携帯を見せる佳主馬に画面越し、佐久間はにやりと笑った。
「へ? 佐久間がどうしたの?」
「さっき佐久間さんからメールが来て」
『キングにでれでれしてる健二を写メって、送ったんだよ』
「…はああああ?!」
ぎょっとした健二は、ものすごい勢いで佳主馬を見た。ぱくぱくと口が開き、同時進行で顔中がじわじわと赤くなっていく。目を開いた佳主馬が、俺?と呟いた。
『そうそう。キングの写真』
「俺の写真? …ああ…、あれか」
「ううううう」
名古屋で佳主馬の恋人について知りたがっている友人が、佳主馬の写真と引き換えに取引めいたことをしたことは、健二本人から聞きだして知っている。納得した佳主馬の隣で、健二は顔を真っ赤にして机につっぷしている。耳まで赤いのが可愛い。今触れたらきっとものすごく熱いのだろう。
『いやもうほんっとでれでれ気持ち悪くて、そんな健二をおすそ分け』
「健二さんは可愛いよ。気持ち悪いとかありえないし」
真顔で主張する佳主馬に、佐久間は半笑いになった。
『…あー、キングと俺、見えてるものが違うのかね…。健二のやつ、一ヶ月前あたりからずっと』
「もうお前黙れ!!」
「あ」
ぷち、と回線が切れる無機質な音と同時に、画面の中の佐久間が消えた。


「別に恥ずかしがることないのに」
「…うう…っ」
「俺も健二さんの写真持ってるし。前に撮ったやつ」
「…」
突っ伏したまま顔を上げてくれない健二の頭を撫でながら、佳主馬はかみ殺しきれない笑みを浮かべて彼に語りかける。
「俺がいないときに、健二さんが俺の写真見てるんだって思うと嬉しい」
「…っ」
まだ赤い耳しか見せてくれない恋人は、相変わらず恥ずかしがり屋だ。佳主馬は健二の背に覆いかぶさり、少し癖のある髪、頭のてっぺんにキスをした。
「今度は二人で写真撮ろう」
「……うん」
消え入りそうな声は、それでも確かに佳主馬の耳に届く。
ああもう、いますぐ押し倒したい。


その願望が押さえ込まれるか否か、それは自分にかかっていることを健二は知らない。







三太ちゃんに書いてもらっちゃったよおおおおおおお

「お互いの作品の三次創作しようぜ!」というノリで5/2に三太ちゃんのスペースで配布された小話でした。
で、嫁に強奪した///

なんだろう。かわいすぎるんだけど…三次創作まじで最高なんですが!!
もっと書いてくれていいんだよ?笑
私の幸せ、皆におすそ分けです。わーいわーい!

本当に可愛いお話ありがとうございました!!!!泣