これは戦だって知ってます




「だから私が貰ってあげるんだもん」
「は?」
 健二がその部屋に入ったとき、そこでは真剣な顔で言い争いをしている男女がいた。
 といっても、その二人は友人同士でも、恋人ではない。今年中学生になったばかりの少女と、20代も後半に入ったばかりという年が離れた兄妹であることは分かっている。
(珍しいな)
 二人が声を荒げているところなど、滅多に見ることがなかったので仲裁よりも先にただ驚いてしまう。
「お兄ちゃんの馬鹿!」
 しかし、かろうじて妹の声に健二ははっと我に返る。
(じゃなくて)
 この場の最年長は自分だ。
「えっと、あのさ」
 口を挟むと二人はぴたりと会話をとめた。
 向けられたまっすぐな視線に健二は言葉に詰まるが、負けてはいけないと口を開く。
「どうしたの? 珍しいよね、言い争い」
「……」
 二人とも何故か口をつぐむ。
「あ。もしかして、あまり聞いちゃいけないことだった?」
「だって」
 先に不満を漏らしたのは、彼の妹の方だった。
「お兄ちゃんが嘘を言うんだもん」
「嘘じゃない」
「嘘だもん!私が貰うはずだったのっ」
 そのまま再び言い争いが始まっていく。
 その目の前で繰り広げられるものに呆然としつつも、ひとまず、状況から察すると、佳主馬が彼女が欲しかったものを貰ってしまったという所なのだろうか。
 しかも、意図的に。
 健二はそこで首をひねる。彼の知る限りの兄――佳主馬は物欲はあまりない。
「佳主馬くん譲ってあげ――」
 ひとまず年上だしというだけの理由で口にすれば、睨みつけるような視線が向けられ、健二は後半の言葉を飲み込んだ。
(あ、れ?)
 何かがおかしい。何がおかしいというのだろうか。
「健二さん、それ本気?」
「へ、え、や、あの」
「ほらね!」
 彼の妹は満足な顔で笑い、健二の腕にしがみつく。久しぶりに会った彼女は、本当に成長著しく、身長もかなり伸びている。
 最後に健二が彼女に会ったのは今よりも三年程前だったことを思い出す。
 今の彼女からは想像も付かないが、あの当時の彼女は、かなり細身で俯きがちな子供だったが、健二は彼女の笑った顔がとても好きで、よく会ったときは話をしていた。
 してはいたのだが。
 やっぱり何かがおかしい気がしてならない。
「欲しいものは欲しいって、宣言した方がいいって分かったんだもん」
「だから、俺がそれは貰うんだよ」
 健二はそこでようやく根本を聞いてみた。
「…えっと、それは何を?」
 安いものであれば自分が解決したって――と思っていたが、二人の回答はあっさりしたものだった。
「「健二さんの童貞」」
 意識は宇宙に飛びだった。
「あ、でも俺の場合ちょっと意味が違うのか」
「ならだめ! 私が貰うのっ」
「絶対だめ」
 健二も思っていた。
 まさか三十代が近づいた頃、健二は強烈に思ったことがある。平凡で詰まらない人生を送っている自分、男に――否、佳主馬に告白されるという、あらわしが落ちるような大事件であり、予想外のことが起きるとは思っていなかった。こんなにもハッキリと、この自分が誰かに迫られる日が来るとも思っていなかった。
 しかし、今はそれをこえ、顎が外れそうな程動揺する。
 今、彼らは、否彼女はなんといったのか。
「ちょ、ちょっと!」
 再び二人の視線が健二に向けられる。
「あの、なんていった?」
「「健二さんの童貞」」
「いやいやいやいや!! ちょっときみ達何言っちゃってるの!」
「何って、すごい重要な話だけど」
「うん」
「いやいやいや! そもそもないものをどうやって…っ」
 はっと健二がしたときには遅かった。
 二人の顔が、特に佳主馬など短くはない現在までで一度も見たことがないほど驚愕に歪む。
 むしろ、健二の方が圧倒されるくらいだ。
「……え、え、ちょ」
「何それ」
「え、いやだから」
「健兄、何それ」
 少女特有の声が、低音に歪む。
 両側からがしりと腕を掴まれて、もはや健二に逃げ場はない。
「それ聞いてないけど!」
「い、言うものじゃないしっ」
「報告してよ!」
「ええええっ」
 しかしそこで何かふと佳主馬が考える顔をし、満面の笑みになった。
「後ろはさすがに初めてだよね?」
「は、はぁ!?」
「まさか誰かと…」
「やらないでしょ!」
「よかった」
 にこりと、綺麗な顔で笑った佳主馬は彼の妹を見て、大人気なくふんと鼻で笑う。
「ということ」
「う、…う…」
 苦しそうにうなった後、はっと彼女は気付いたように叫んだ。
「あ! じゃあ私の初めてをあげるもん! お兄ちゃんはないじゃん」
「あああああああっ」
 健二は、精一杯の大声をあげる。一体今、このうら若き十三歳乙女は何を言ったのだろうか。
 そして、もてる限りの力で健二は――懇願をした。
「もう、勘弁してください…」
 うっかり池沢家に、二人揃っているときの池沢家には絶対遊びにくるまい、と心に誓うのだった。







某話の中で盛り上がっていたネタをお借りして、健二さんの童貞争奪戦をする池沢兄妹でした。
カオス…だな…

そして今更新が妹ちゃん祭りだね!春だからか!