割れ蓋になんたら




 シャリっと耳に響いた音が何なのか、最初佳主馬は分からなかった。
 一度は聞き間違いかと思ったが、やはりそれはある一定の間隔で聞こえてくる。
(なんだ)
 パソコンから顔をあげ、佳主馬は完全に動きを止めた。
 そこにあった光景は――



「は?」
 佐久間はポカンと口を開けたまま、その一言しか呟けなかった。目の前に居る浅黒い肌をした少年は、中学三年の辺りから一気に背が伸び、いまやなかなか立派な外見となっている。
 体型としては細身だが、完全に文化部として過ごしていた自分達とは違い、引き締まっていることもよく分かる。
(…じゃなくてだ)
 佐久間はずり落ちそうになった眼鏡をかけなおしてから、息を吐く。
「俺の質問が悪かった」
 完全反省の意味をこめて、無駄に両手を挙げてみる。
「悪くないけど」
「いーや分かりにくかったね。まぁハッキリ言うとだ、俺は、なんでキングが健二を好きになったのかを聞きたかったんだけど」
「だから今言ったし」
「ガチかよっ!」
 佐久間は勢い余って立ち上がる。
「まてまてまてっ、ちょ、ありえねぇだろ。それは! もっとなんつーの、こう甘酸っぱいようなさ、なんつーかさ」
「だって事実だし」
 さらりと言い捨て、佳主馬は冷えたアイスコーヒーを飲む。
 その落ち着きっぷりに、佐久間はさてはと思う。いくら先日の手伝いの報酬で、質問権をもぎ取ったとは言え、佳主馬も年頃の少年だ。
 いくらなんでも、この落ち着きは――。
「キング。恥ずかしいんだろ」
「…別に」
「いーや、恥ずかしくて本当のことを話せないだけとみた!」
「話したしっ」
 さすがにここまで絡まれると、佳主馬もテンションが佐久間に影響されるのか少し声が荒げられる。
「じゃあなんだ、お前は本当に隣でパンの銀ガミごと気づかずに食べ続けている健二を見て、恋に落ちたってのかよっ」
「だからそうだって! だって全く気づかないで食べてるんだよ」
「そりゃ目の前に数学があれば、そんなもんさこいつはっ。珍しい光景でもないだろ!?」
「この人には誰かがついてないと駄目だって思ったんだよ」
「老人介護かっ」
 その一言に、佳主馬がドンと机を叩く。
「老人介護を、馬鹿にしないでくれない…」
「……申し訳ございません」
 ついつい白熱してしまったが、マジ怒りをした佳主馬のおかげで、少しだけ我に返る。
 そして、聖美が老人介護を仕事としていることを思い出すと同時に、しかしキレるところがここなのかとも思う。
「健二さんは老人になっても、格好いい」
「……さすがです、キング」
 同じテンションのまま、きっぱりと言い切った佳主馬に、佐久間はもうそうきたか、と降参しか出来なくなる。
 前々から不思議に思っていたのだ。多分、この二人のことを知っているものならば――自分以外に誰が居るのかは知らないが――、1度は聞いてみたいと思うこと。
 それは確実に、何故この好青年が、自分の冴えない親友を好きなのかということだ。
 しかし、どうやらそれはやはり宇宙の真理と同じで、簡単には解明されないものらしい。
「……二人とも」
 そこで地を這うような声が聞こえ、声の先に視線を移す。
 そこには、完全に机に突っ伏し視界から消えていたもう一人の人物がいた。
「あ? なんだよ健二」
「…お願いなので…もうやめてください…」
 完全に気配を消していた健二が、消え入りそうな声で呻くような声をあげる。
「嫌だ」
「お前ね!」
 きっぱり断ると、健二がばっと起き上がる。その顔はかわいそうな程真っ赤だ。
(ぶはっ)
 表面上は堪えたが、笑った気持ちがバレたのか、健二が真剣に睨みつけながらドンと机を叩く。
「今の! 僕の気持ちが分かる!?」
「分かりません」
「銀紙食べてるなんて、気づかなかったんだよ! でも別に食べたって死なないし! 栄養になるかもしれないし! 食べてる人は他にも居るよっ」
「……」
 コメントに困るとは、こういう時を言うのかもしれない。
 どうやら健二自身、聞いたことがなかった話らしい。動揺していることだけは、これ以上ない程よく分かった。
「…ひとまずその健二さんを見てさ、うかうかしたら誰かに取られるかもしれないし、逆に言えば先に押せばなんとかなるかなって、思ったんだよね」
 ポツリと佳主馬が呟き、その言葉に再び健二の動きが止まる。
 佳主馬としては、健二から自分の視線を逸らそうとしたのかもしれないが、佳主馬が喋れば喋る程、健二は色んな意味で身動きが取れなくなる。
(やっぱ、まだ若いなぁ)
 年相応な甘さが少しだけ見れて、佐久間は僅かにすっきりとする。
「健二さんじゃなければ、銀紙、誰が食べてようが、知ったことじゃないよ」
「……だとよ」
 すっきりしたせいなのか、目の前の会話の内容のせいなのか、もはや当初の疑問を解明したい気持ちは、ゼロに近い。
 呆れた気持ちで机に肘を突いて、小さく息を吐く。大学生になった今、初めて自分は恋という力の凄まじさを知った気がする。
(恋は盲目)
 佳主馬は、何を見てもとにかく、この冴えない友人がかわいくてたまらないのだ。
「どこがいいんだか…」
 呟いた瞬間、思い切り足を踏まれ息が詰まる。
「うぐおっ」
「…さっきから佐久間さんさ、俺を怒らしたいわけ?」
「う、いえいえ、まさか」
「健二さんは少し抜けているところも、何もかも可愛い」
 小さく呟かれた声に呆れるが、うっとりしたようにその目は健二を見てい、当の健二は穴をほって埋まりたいような表情で、顔を真っ赤にしながらその視線から逃げられないで居る。
「で、健二さんはどうよ」
 一応、佳主馬への詫びをかねて、そんな話題を振ってみると、健二は再び自分には睨みつけるような視線を寄越して、あーとかうーとか暫く唸る。
 そして、最終的に真っ赤な顔のまま叫んだ。
「銀紙くらいで手に入れられるなら、安いもんだよ!」
「……」
(駄目だこいつら)
 佐久間はずずっと、もう中身の入っていないカフェオレをすすりながら、今度こそ完全に匙を投げたのだった。






なんでこんな着地点になったんだろう…ま、まぁいっか(笑)
いわゆる馬鹿っぷるか…本当の意味での馬鹿だ……

イカが先日包装紙を間違えて食べた、という話をしていたら某H様が「銀紙を半分くらい食べたことがある」という勇者発言をされたところから妄想が///

生活の全てがカズケンに変換されるのであります!キリッ