きみが僕の好きな人




「目を瞑るなら、片目ずつで宜しく」
「……」
「ガチで、今寝たら死ぬって」
 目を瞑ることすら制限される現在。
 振り向きもしないで声をかけられた人物を、佳主馬は心の中で反射的に罵った後、確かに寝てしまえば死ぬのは自分だと小さくため息をついた。
 同じ姿勢で座っていたせいで固まった筋肉をほぐし、それから疲れている目頭を指で少し押さえる。
「顔洗ってくる」
「おー」
 声をかけた先に居るのは、ある意味気心の知れた人物――佐久間だ。
 顔を洗い、傍の低い棚に腰掛る。
 約二週間、この家にすでに缶詰であり、睡眠ももはやままならない状況だ。最初の一週間は学校に通いつつ、そして今は休みに入ったため文字通り毎日朝から晩までこの家だ。体力はある方だと思っていたが、ここまでくるとさすがにキツい。
 鏡に先ほど映った自分の顔もひどかったが、一緒に居る佐久間のほうが酷いのでなんともいえない。
(まぁ、でも間に合うな)
 感触として佳主馬は分かる。
 世話になっているゲーム開発でのスポンサー会社から、少し無茶な要望が来たのは少し前。その時に佐久間のスケジュール押さえていたことだけは、正直正解だと思う。
 しかし二週間。
「…会いたい……」
 はぁと佳主馬はため息をつく。
 携帯の電源も切れたままで、充電器を買出しに行く時間も惜しい今、佳主馬は完全に思い人――小磯健二と会う手段を立たれていた。
 PC画面はあまりに殺伐としており、そんなのんきなメールを打つような雰囲気は無い。
 長く休憩を取るわけにもいかず、部屋に戻り無言で椅子に座る。佐久間には案外こだわりがあり、この椅子も比較的長時間座っていても、体への負担はないものだが、なんせ今回は座っている時間が長すぎる。
 佳主馬の寮と違い、佐久間の一人暮らしのこの家は色々な環境が整っているが、ここよりも家によりも、佳主馬は健二の自宅のほうがいい。
 ――いくら、家主に嫌がられているとしても。
(健二さん、元気かな…)
 思考能力の鈍ってきた頭は、ぼんやりとそんなことを考える。
 男同士というハードルは理解しているが、自分もそれなりに、むしろ出来ることは全力で頑張っている。
 高校生ながら収入もそれなりの金額もあるし、OZでは世界チャンピオン。
 実生活では少林寺拳法を続け、顔立ちだって別に悪くは無いはずだと思う。
 愛想のある性格ではないが、軽い性格ではないつもりだ。
「少しくらい、ほだされてくれればいいのに」
「はい、キング。思考もれてる。もれてますよー」
「…そりゃいいよね、佐久間さんは。たまにぶっ殺したくなるけど」
「聞き捨てならないんですけど、それ」
 お互いそれぞれの画面を見たままカチカチとキーを叩く。
 佐久間敬は、佳主馬が知る限り最も健二に近い人物だ。友人になりたいわけではないので、羨ましいというと語弊はあるが、それでもその距離の近さは羨ましくてたまらないものがある。
 ピンポーン、とその時チャイムがなる。だが家主である佐久間は立ち上がる気配がない。
「…佐久間さん、いいの」
「あーいいいい。多分宅配」
「なら」
「平気平気。勝手においてってくれるから」
「は?」
「顔見知り。玄関あいてるし、置いてって勝手にサイン書いてくれることになってんだよ」
「……」
 どんだけ顔見知りなのだとあきれ返るが、案外人の隙間に入り込むことが上手い彼であれば、ある意味不思議ではない。あきれ返りはするが。
「っていうか、まじで眠い…」
「おいおい」
 佳主馬はヘアバンドで前髪をあげたまま、椅子をぐるりと回し大きくあくびをし――動きを止めた。
 目の前にここにいるはずのない人物がいた。
「……」
 佳主馬は一度瞬きをして、もう一周ぐるりと回る。それからもう一度見る。
 目をそらせないまま、佳主馬は隣に居る人物を呼ぶ。
「…佐久間さん」
「あー」
「どうしよう。俺幻がとうとう見え始めた」
「はぁ!? 打ち間違いだけはやめてくれよ。今更拾えねーぞ」
「いや、あのちょっと」
「佐久間」
 佳主馬の目の前に居た人物が、一言口を開く。
 佐久間はその声にようやく振り返り、佳主馬と同じようにポカンと口をあけた。
 その反応に、佳主馬は目の前の映像が幻ではないのだと、至極真面目に理解する。
「…健二?」
「何やってんだよ、これ!」
「何って、キングの手伝いだけど」
 佐久間があっさりと答えた瞬間、佳主馬は健二に睨みつけられる。
 顔にあまり動揺は出ないたちだが、その強すぎる視線に佳主馬の肩が確実にゆれた。
「…佳主馬、くん……」
 何が来るのか分からないが、佳主馬はひとまず冷静にと自分に言い聞かせる。
「…どうかした? もしかして、何かあったの健二さん」
 その一言が完全に火をつけた。
「どうかしただって!? 二週間も! 連絡ひとつもないし連絡つきもしないで!」
 健二にしては珍しく、バンとそばにあった壁を大きな音を鳴らし叩いた。
 佳主馬は同時に、電源の切れている自分の携帯電話を思い出す。
「あげく何これっ。何の修羅場! 連絡くらいくれたっていいだろっ」
「え、や、あの。結構きついやつだし…」
「二人より三人! 佐久間もだよっ、連絡くらいくれれば」
「やーキングがやだっていうから」
 佐久間の一言に、再びきつい視線が戻ってくる。
 はっとそこで佳主馬はわれに返りあわててバンダナを取り、髪型と服を調えた。
「どういうこと?」
 説明の拒否は許さないという強さが、そこにはあった。
「……あんまり、格好悪い姿は見られたくありませんでした」
 そのため、佳主馬は正直に告白する。佳主馬としては、どうしても修羅場を一緒に――とは気軽に誘いたくないし誘えない。
 健二の能力うんぬん以前の問題なのだ。佳主馬にとっては。
「馬鹿じゃないの!」
 だが、そんな思いなど一刀両断される。
「…一応、恋する男子としましては」
「馬鹿だね! 馬鹿馬鹿馬鹿っ」
「まぁまぁ、健二落ち着けって。お前が普段そっけないから、こうなるんだって」
 佐久間がにやにやとしたまま、言らぬ口を挟んでくる。
「恋人になる気はないんだろ?」
 うっとその言葉に健二はひるむ。
「…それとこれは別。僕らは友人でもあるんだ、から」
 口ごもるように言うが、それでも健二は珍しくまだ強気なままだ。
 対して、佳主馬は怒られているにも関わらず、何か自分の内側がすっきりとしていくのを感じる。この数日で特に煮詰まっていたものが解消されていく。
(あれ)
 目の前の仕事に夢中にはなっていた。よそ事を考える時間はあまりなかった。けれども、これは。
(…欲求不満ってやつ?)
 健二にやっぱり自分は会いたかったのだ。たとえ罵られて、今こうして情けないところを見られようとも。
「…何笑ってるの」
「え、ううん。健二さんと会いたかったんだと思って。来てくれて嬉しい」
 本心からの言葉で笑えば、健二が一瞬動きを止め、なぜかその顔がさーっと赤く染まっていく。
 隣で佐久間も何故か硬直している。
 佳主馬は鏡もないし、自分がどんな顔で笑ったかも、声色を出したかも分からない。分かっていても、佳主馬にとってそれはどうでもいいことだった。
 佳主馬は何気なく健二の手をとる。細くて、骨ばっている。けれど佳主馬にとっては何よりも頼もしく優しい手。
「癒される」
 握り締めて心からその言葉を呟けば、健二はかわいそうなくらい顔が真っ赤になる。
 隣でもはや倒れているに等しい佐久間が、なんとか声を絞り出す。
「……さすがですキング」
「何が?」
「……」
 納期まで、残された猶予はあと少し。
(あ、眠気も吹き飛んだ)
 ラストスパートも今ならばかけられると思いながら、佳主馬は一人極上の幸せの中に居るのだった。






リク内容は「佳主馬の欲求不満」
むしろ健二も欲求不満になりました。すみません…(笑)

晶様リクエストありがとうございました!
ちなみにこの話の続きで、次のリクエストを消化予定です。