醜いウサギの子




「は?」
 健二は持っていた茶碗を危うく落とす所だった。佳主馬は全く気にした素振りもなく、黙々と目の前の朝食を片付けている。
 呆然とその姿を数秒見つめた後、健二はごくんと音をたて、口の中に入っていたものを飲み込んでから言葉を紡いだ。
「…ね、ねぇ佳主馬くん。念のため聞くけどさ」
「何」
「それ、本気で言ってるの?」
「それって」
 今の自分からすると、僅かに懐かしさを感じる久遠寺高校の制服に身を包んだ佳主馬を見ながら、ゆっくりと窺うように口にする。
「えっと、だから、佳主馬くんの外見が…」
 何からこの話題になったのか、健二は必死に思い浮かべる。
 確か、人の視線の話をしていたのだ。
(そう、だ)
 健二は人の視線が苦手で、今日はゼミの発表担当で憂鬱だと話をしていた時、ふと口に出たのだ。
『佳主馬くんは、人前でも堂々としているよね』
 長年少林寺拳法を嗜んでいるせいか、佳主馬はいつでも凛としている。威圧感が強い訳でもなく、ただ静かに、けれども存在感を持ってその場に立つことがとても上手いと思う。
 大勢の中にいるときの佳主馬は、一人だけまるで別次元にいるほどすっとしており、すぐに目が行く。その姿をひそかに格好がいいと思っているが、そこは未だ伝えたことはない。
『そう? 見られるの嫌なんだけどね』
『へー佳主馬くんでもそうなんだ』
 諦めたように、だがきっぱりと佳主馬は口にした。
 確かに、佳主馬の外見ではその立ち姿うんぬんだけではなく、人の視線を集めるだろうと健二は納得する。自分の存在は気配を消してしまえば、悲しいことに空気と同化できるのではないだろうかと思う時があるが、佳主馬はそうはいかない。
 押し隠されていても、どこか内面から溢れ出る芯の通った強さ。
 そして陣内家の血か、整った顔立ち。
『見られて平気なのは、外見がいい奴くらいじゃない』
 佳主馬が何気なく言ったそんな一言で、健二は思わず言葉を失ったのだ。
「わざわざ口にしないでいいよ」
 言葉を途中で止めたまま意識を飛ばしていた健二に、佳主馬は僅かに眉を寄せる。
「え、いや違くて!」
「何が」
「いや、だってっ」
 健二は悲鳴のような声をあげて、佳主馬を窺うように見る。
「格好いいって、分かってるよね…?」
 佳主馬は健二の顔を見て、僅かに肩をすくめる。それから、その口元に小さな笑みを乗せた。
「…そんなこと言うの、健二さんくらいだろうけど、健二さんに言われるのは嬉しいよ」
(くっ)
 その整った、俳優かと叫びたくなるような笑みをもってして、あんなことを言うだなんてやはりこれは嫌味だったのだろうかと思わずにいられない。
「いやいやいや! 違うよ、僕だけじゃなくて皆が言うから! 全力で!」
「別に皆なんて、どうでもいいし」
「は?」
 立ち上がっていた健二はそのまま動きを止める。
「健二さんが、この顔で満足してくれるっていうなら、それでいいよ」
 微笑まれ、健二は昔読んだ童話を思い出す。
(え、っと、なんだっけ…)
 醜いといわれ続けていた動物が、最終的に美しく成長する。そんなどこかで聞いた話が、今目の前に重なって見える。
 佳主馬は根がとても排他的だ。それは、確実に昔の環境が影響しているのだと思う。
 けれども、その頃の人物達は佳主馬がこんな風に成長するとは思っていなかったに違いない。
 いや、分かっていたからこそ、潰そうとしたのだろうか。
 どちらにしろ――。
「…うう」
「健二さん?」
 カクンと健二は座って、食器の置いていない机の上にぺたりと伏せる。
(駄目だ…)
 佳主馬と付き合いだしてから、もう一年以上は経つというのに自分は日に日にどうかしている。
(だって)
 佳主馬にとってそれは辛い過去だ。それなのに、僅かに、佳主馬がこんな風な価値観で育ってくれてよかったとほっと息をついてしまった自分が間違いなくいる。そうでなければ、自分と佳主馬の関係は――。
 その思考はこれ以上なく最低で、そして恥ずかしい。
 顔が痛いほど赤くなるが、チラっと視線を動かすと佳主馬とすぐに目があった。
 佳主馬は不思議そうに健二を見ていたが、食べ終わった食器を下ろすと、そのまま机越しに健二の方に体を近づけて来る。
「ひっ」
 べろりと耳の付け根辺りをなめられる。
「食べていいの?」
 机に乗ってるよ、と佳主馬が遊ぶように耳元で囁く。
 ばっと飛び上がるように起きれば、佳主馬が深い感情をのせた目で自分を見つめていた。
「…絶対嘘だ」
 健二はわなわなと呟く。
「え?」
「佳主馬くんが、自分を格好いいって知ってないだなんて、絶対嘘!」
「そう? 健二さんがこの顔を好きだって言ってくれてなかったら、外も歩きたくなかったよ。きっと」
「は?」
 ディープな発言に、健二は再び動きを止める。
 同時に、その言葉が健二の記憶を刺激する。
(そういえば…)
 確かに自分は、佳主馬を出会ったときから格好いいと思っていた。
 だが、あの夏の頃もよく聞き返されていなかっただろうか。
『は? キングのことじゃなくて?』
 健二が格好いいよ、と言うたびに佳主馬は確かに。そう。
 そして、不自然なほどずっと納戸に。彼は。
「……」
 もはや健二は言葉を出せず、再び机につっぷした。
 もやは何からつっこんでいいのか分からない。顔が壊れそうなほど熱い。伸ばされた佳主馬の手が、ゆっくりと健二の首筋をなぞるように動く。
 その手に健二はこれ以上何かを考えることは諦めて、小さく常々思っていることを口にした。
「…。佳主馬くんこそ…変わった趣味だよ…、本当に」
「そう? 健二さんは世界一格好よくて可愛いよ」
「は、はぁっ?!」
 うっとりと囁かれる言葉は、日本人かと疑いたくなる程ストレートだが、甘い微笑が似合う顔で言われてしまえば、完全に自分の負けだ。
 正しくは全力で否定をしたい。
「っ」
 健二は、冴えない自分のことをとてもよく分かっている。だが、これを否定しようものならば、驕りかもしれないが、言葉が重ねられる気がしてならない。健二の神経がもたないような、言葉の数々が。
 だから、健二は違う言葉を絞りだした。
「…かんべん、してください……」
「何を?」
「うううう」

 それは、平和なある朝食の出来事だった。






らぶってなんだろう…。
追求したけれど、やっぱり私にはレベルが高すぎました…!

いつかまたリベンジしたいけれど、自分のことを醜いと思っている、けれど実際は超かっけぇ佳主馬!っておいしくないですか。笑