【第十話】池沢佳主馬と小磯健二の交際



「お礼…?」
 意味が分からず、佐久間がひとまずその単語を復唱すれば、佳主馬が小さく頷いた。
「佐久間さんが、健二さんの背を押してくれたから」
「……さすがです、キング」
 端的で、分かりやすい飾らない言葉だった。
(あー…なるほど、ね)
 佐久間は、これで点と点が繋がったとすっきりする。
 同時に、絶対に健二は佳主馬に直接そのことを話していないと分かる。どこからか、佳主馬がそれを感じとったのだろう。
 健二が、佳主馬になんらかの特別な思いを抱いていたことは、あの始まりの時からなんとなく予感していた。そして、佳主馬が健二の笑顔を奪わない確信を持つにも、自分は十分すぎる程の時間側にいた。
(そう、だから)
 佐久間は小さく苦笑いのような笑みを浮かべる。
 ただ苛々と自分は見かねて、押したに過ぎない。親友の立場として。
「健二さん、譲ってくれてありがとう。譲らなくても奪ったけど」
「うわっ、すっげぇムカつく。けど、妙に似合ってるし! ガチで腹立つわ…」
「本当のことだからじゃない」
「…ま、俺は幸せならいいよ」
 佐久間は、まっすぐすぎる年下の王者にそう言って笑った。それくらいには、もう自分は吹っ切れている。もともと、本当に佳主馬と同じような熱量を持っていたわけでもない。あやふやで、本当になんと名前をつければいいのかもてあましていたような感情だったのだ。
 ただ、彼のあの笑顔をこれ以上奪われなければいいと思った。そして、彼が、幸せであればいいと。
 だから佐久間は、もう一言付け足した。
「二人が、な」
 佳主馬は、その言葉に僅かに目を見開く。
 その表情に今は満足してにやりと笑う。それが何かに触ったのか、佳主馬はまた僅かに眉をひそめた後、綺麗に笑った。
「ありがと。代わりに、仕事なら幾らでも紹介するけど?」
「――つーか、ガチで! もうあの納期まじやめて! 面白いから断れねぇんだってっ」
「うん。でもそういうの好きそうだし」
「マゾかよ!」
「マゾでしょ」
「どうせマゾですよっ。って、違うっての!」
 佐久間は叫んでから、年下だけれども、絶対に自分はこの王者には敵わないだろうと、どこかで感じる。多分、自分も、そして同じように健二も、きっとこの王者にいつでも王者で居て欲しいのだ。キングという言葉が、ふさわしすぎる彼に。
 佐久間は椅子に座りなおし、ようやくヘアバンドも外して、仕切りなおすように机に体を乗り出した。
「で、どうよ。健二とは」
「聞いてないの?」
「聞いてない――訳はねぇけど。キング的には。あいつ、我が侭だろ。結構」
「それも可愛い」
「……さすがですよ、キング」
 迷いの無さ過ぎる一言に、もはや出てくるのは呆れのような感情だ。
(なんつーか…)
 想像がついていなかったが、もしや彼らは結構な馬鹿っぷるになるのだろうかと、思わず考える。
 中途半端な人物に取られるよりはよかったが、それでもやっぱりどこか、色々さすがすぎてなんともいえない気持ちにもなる。
「一度さ」
「あ?」
 ふと落とされた、静かな声に顔をあげる。正面から佳主馬と、まっすぐに視線があった。
「お礼は、直接会って言いたかったんだ」
 じっと見られる瞳に、佐久間は佳主馬のまっすぐな気持ちを感じる。お礼は先ほど口にされた。
 けれど、それ以上の何か、かっと何故か腹の底から恥ずかしさのような、なんともいえない気持ちが込み上げる。
(っ)
 自分が生きていく中で、心から真剣に人に感謝される。隠されることなく、それを渡されるような経験は、間違いなく早々あるものではない。
 更に、それがこの王者からとなれば。
「…ま、それはお相子ってことで」
 茶化すように、目をそらしたが、もしかしたら僅かに目が潤んだことや耳が熱いことは、バレてしまったかもしれない。けれど、それもお相子だと思いたい。
(あー、もう完敗だって)
 自分が感動してどうするというのだ。
「これからも、健二さんと仲良くしてよ」
「言われなくてもするって。つーか、俺の方がそれに関しては先輩だからな」
「まぁね。『友人』代表は宜しく」
「……」
 佐久間は言葉に詰まるが、結局は何故か可笑しくなり、声をだして笑った。
(まぁいっか)
 こういう彼氏が出来るのも、悪くはない。きっと二人はこれからも自分を沢山頼ませてくれるだろう。自分は変わらない位置で、彼らと絡み、遊んでいるのかもしれない。
(夏希先輩も、知ったらどうなるかねぇ)
 上へ下への大騒ぎとなるかもしれないが、きっとそれも愛すべき日になることだろう。なんとなくそれくらいの意趣返しは許される気がして、徹夜で馬鹿になっている頭は、今度メールを打ってみようとあっさりと決定してしまう。
 ふとその時、机に置きっぱなしだった携帯が震えた。
 名前を見ると驚くことに、話の中心人物でもある健二からだ。佳主馬が何か言おうとした瞬間、佐久間はその電話を取っていた。
『あ、佐久間?』
 思わずそれに答える前に、たった今目の前で行われた佳主馬の動作が気になり、佐久間は佳主馬に話しかけてしまう。
「え。キング、何?」
『え?』
 佳主馬が顔を押える動作をする。
『佳主馬、くん?』
 受話器越しに健二の酷く驚いた声と、目の前の佳主馬から「しまった」という感情がたっぷりこもった声が返される。
 そして静かに、搾り出すように佳主馬が告げる。
「…健二さんには、こっちに居ること、言ってなかったんだよね」
「はぁ?」
『え、って何、まさか居るの!? チャット? え、ええっ』
 親友の声に、これはよくない展開が来るのではないかと、予想がつく。
(知ってるっての)
 前にクラスで居たときもそうだったが、自分と佳主馬が絡んでいることを、無意識に面白くないと思っていることくらいは、当然さくっとまるっとお見通しだ。
 お見通しではあるが、実際にその嫉妬に巻き込まれたい訳ではない。佳主馬は佳主馬で、きっと健二にはバレずに、自分と会話をしたかったため、わざわざ単独で行動していたのだろう。
「つか、それ先に言えって…」
「電話が来るとは思わないし」
「いつでも可能性は無限大ですよ…ガチで」
「あらわしも落下しなかったし?」
 少しだけ茶化すような声に、思わず声をだして笑ってしまう。
『佐久間? ちょっと佐久間!』
 健二の声が響くが、佐久間はもはや何もいえない。
 ただ、今分かることは、佐久間は自分の就寝時間が、確実に先延ばしに――数時間単位で、先延ばしになったということだけだった。


END



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オフにつめきれなかった、佐久間と佳主馬の会話でした。
なんていうか、この二人の関係も想像するとすっごく楽しい! うちでは本当佐久間先生に色々ご活躍を頂いております…。ありがたやー!