白と愛のマーブル模様





「あ、佳主馬くん」
 お風呂上り、部屋に入ろうとした所に声をかけられた。
「ホワイトデー何が欲しい?」
 夕飯を聞くようにかけられたのは、そんな言葉だった。佳主馬は一度手をうっかり止めそうになってしまったが、長年鍛えられた心は、動揺を見せることもなく体を同じ速度で動かしてくれた。
(いや、まぁそうだよね)
 健二に欠片も悪気がないことは知っている。
 むしろ、こうしてイベントごとを覚えて、参加する意識をもってくれただけでも御の字なのだ。
 そう、分かってはいる。
 だから何気ない動作で、健二のその心を萎えさせないように、佳主馬は笑みを作って答える。
「健二さんがくれるなら、なんでもいいよ」
「…それが思いつかないから聞いたのに」
「じゃああんまり大きくなくて、梱包が小さい甘いもの」
「んー…飴とチョコだとどっちがいい?」
 極力佳主馬としては、中身くらいは秘密にして欲しい思いからのリクエストだったが、健二はあっさり具体名を出してしまう。
「…じゃあチョコで」
「分かった!」
 けれども、とても嬉しそうな顔で笑われると、やっぱり自分のこだわりなど些細な気がしてしまうから不思議だ。
 小磯健二は自分の恋人だ。付き合い始めてもう四年目になる。
 最初の年は、ことごとくイベントごとはスルーされた上に、祝おうとすると不思議な顔をされた。その上あっさり口にされた言葉は未だに覚えている。
『え、恥ずかしいからいいよ』
 きょとんとし、心の底から思って発したような言葉にバッサリと佳主馬の心は切られたが、諦めなかった成果は一応現れているのだと思う。
(そうだ、頑張った俺)
 小さく拳をつくりたい勢いだ。万歳三唱だってしたい。
 しかし、やっぱり寂しい気持ちになるのは、自分が馬鹿みたいなロマンチストだからだろうか。
 最初の頃は否定していたが、健二と共に生活するようになってその言葉を甘んじて受けるようになったのは自分の小さな変化だ。
(そりゃ、佐久間さんには笑われたさ)
 最初の年色々落ち込んで話をすれば、するたびに遠慮なく噴出されたこともしっかりはっきりくっきり覚えている。
『あ、あの健二にそんなこと期待するほうがガチですごいって、キング』
 慰めにも何にもならない言葉だ。
(まぁでも)
 佳主馬はひとまず髪を拭いながら、嬉しそうに話をしている恋人の顔を見つめていた。



 それから数日後のことだ。
「ああ、生き返る…」
 佐久間に少し前に急きょ依頼していた案件が片付いたこともあり、佳主馬は大学帰りに佐久間の研究室に顔を出していた。
 自分の案件が終わってから、佐久間は今度は自分の研究で缶詰になっていた所のようで、メインの礼のアイテムデータよりも、今はオマケで購入した差し入れ物品の方が大歓迎を受けていた。
 その様子に佳主馬は思わず小さく笑う。
(憎めないんだよなぁ)
 人付き合いがあまり得意ではない佳主馬でも、あっという間に佐久間には馴染んでしまった。距離を一気に詰められたかと思えば、そのまま近づいてくるわけでもなく、よそよそしいわけでもない。
(付き合いやすいからいいけど)
 健二とべったりされていてもさほど気にしないでいられるのは――過去はかなり気にしていた時期もあるが――、少なからず佐久間の性格を自分がもう知っていることが大きいのかもしれないと思う。
「まぁ今日はこれ渡しにきただけだから」
 佳主馬は言いながら立ち上がる。
「ああ、でも何か買出し必要なら、皆の分合わせて買ってくるけど」
「キング、男前過ぎるだろ…俺もほれるっての」
 佐久間が胸を押されてオーバーに倒れこむ。そろそろ徹夜によるハイが始まりつつあるのだと冷静に分析する。
「何かいります?」
「え、あ、い、いいんですか?」
 側に座って作業をしていた同じ部屋の人物に聞けば、酷いクマを作った顔でコーヒーが欲しいです、とリクエストされる。
 周囲にも視線を動かせば同じ部屋にいた、二人からも声が上がる。
「食べ物は?」
「あー寝ちまうから平気」
 佐久間が笑いながら言う。それを返事と受け取り、佳主馬は離れている売店から飲み物を運んだ後、今度こそ帰ろうと声をかける。
「悪いな」
「別に」
「あいつもさ今回は手伝い断りやがって。今回計算多いってのに」
 その言葉に佳主馬はふと足を止める。
 あいつ、というのが誰を示すのかはすぐに分かった。
「…それは珍しい」
「だろだろ!」
 佐久間を未だにずるいと思う数少ない点の一つに、健二も佐久間もどんな内容だろうが、お互い予定が付く限りあっさりと無茶な要求もすぐに手伝ってしまうことが上げられる。佳主馬からすると、『友達』という括りに収めていいのか分からない程の強い関係。
 それがまさか今回断られているとはと、佳主馬も驚かずにはいられない。
「なんか探さないといけないとかいってさ、デパートとか店ばっかあいつ回ってんの」
 意味がわかんねぇと佐久間は呟いていたが、佳主馬は思わず言葉を失った。
 そのまま数秒考え込む。
 まさかだ。
 まさかの話だ。
「…ありがとう、佐久間さん」
「え? あ?」
「すごく感謝する」
 佳主馬は笑って伝えると、足早にその場所から立ち去っていった。



「お帰り」
「うわぁっ」
 声をかけると、健二はとても驚いた顔で佳主馬を見つめ返した。
 場所は自宅の最寄り駅。佳主馬は持っていた小さいコンビニの袋を見せた。
「買出しついでに、そろそろかなぁって」
「家で待ってればよかったのに」
 健二は多分、意識せずにそう口にする。それはあっさりとした彼の本音だ。
 ずっと、最初の頃から健二はそうだった。
(そう、だから俺は――)
 けれど、佳主馬はそれを注意深く見る。その視線に気付いたのか、ふいっと健二は少し視線をそらした。
 その動作に、佳主馬は確信する。
 油断すれば口元が緩みそうだし、叫びだしそうだが確信した。
 健二と付き合いだし、同居するようになり自分は確実に変わった。人に優しくなったといわれるし、出来ることも多くなった。ロマンチストだと甘んじて受けるようにもなったし、我慢も知ったし、自分のだめな所も学んだ。
(俺が、変わっていくように)
 考えていなかったが、健二だって。
「ありがとう、健二さん」
「え」
 駅から少し離れ人通りが少なくなったところで、佳主馬は呟いた。
「何が?」
「探してくれたんだね、俺に聞く前から。ホワイトデーのお返し」
 呟いて歩く。二歩ほど進んでから、佳主馬は健二が隣に居ないことに気付く。振り返ると健二は足を止めて、口をポカンとあけていた。その顔が、外だというのに首筋から顔まで痛々しいほど赤くなっていく。
(え)
 まさかここまで反応されているとは思っていなかった佳主馬は、思わず口を開いたまま動きを止めてしまう。
 先に言葉らしきものを発したのは、健二だった。
「な、な…っ」
 それから、一息に叫ぶ。
「なんで! ちょ、何言ってるのっ!」
「え、あ。健二さんが最近、お店を回ってくれているって…」
「誰が!」
「佐久間さん」
「あ、あのめがね…っ」
 驚きのあまり馬鹿正直に答えてしまったが、ようやく佳主馬も自分を取り戻す。
 健二に近づいてその手をさっと取る。はっと健二が顔をあげる。
「早く帰ろう」
「え」
「今さ、すっごく抱きしめたい」
「え、えっ」
 ぐいぐいと問答無用で健二の手を引っ張る。家までの距離はあと少しだ。話すことももどかしく、何か悲鳴のような声をあげている健二を無視し、歩き進む。
 家まで、あと少し。
 佳主馬は緩む自分の顔を感じながらも、胸からとめどなく溢れ出る幸せに、叫びだすのを必死で堪えるのだった。








まっさらの感情に愛がはいり、愛で汚される…と書くと、なんかエロっぽいので控えましたが(笑)、そんなイメージでホワイトデーのお話です。
健二さんの感情が汚されてきている話です。
…。
でもやっぱりこの表現が好きだー!!