繋いだ日常




「ど、どうしたんですか。先輩?」
 六月の、連日振り続ける雨の隙間をぬうように現れた貴重な晴れの日。
 散策とお茶を目当てに、降りたことも無い駅に自分達はきていた。駅前を少しふらふらし、調べていた大きな庭園もついている公園を歩き、今は木陰で休憩中だ。
 じっと見ている視線にさすがに気がついたのか、健二がとうとう声をあげた。
(おかしい)
 計画は狂っていなかったはずだ。
 直接顔を会わすのは少しだけ久しぶりで、健二の顔を見てどこかほっとした。
 始まったばかりの大学は思ったよりもあわただしく、六月になりようやく少し息をつけた気がする。
 健二は昔からそうだが、沢山話を聞いてくれる。
 共通の話題などろくにないはずなのに、何故か話は尽きないし、共通の話題がないこそ、同じ話題が生まれていく楽しさがある。
 けれど、今の夏希の顔はご機嫌とはいいがたい。
「…べっつーに」
「別にじゃないですよね…絶対」
「ふーんだ」
「えええ」
 情けない声を健二があげる。
「あ!」
 その声に振り向くと、健二が穏やかな笑顔で言う。
「先輩、おなか減りました?」
「もーなんで!」
「あ、じゃあのどが渇いたとか?」
「違うの違うのっ」
 ぷーと頬を膨らまし、ちらっと健二の顔を見る。
『へぇ、意外』
 彼氏の写真が見たいというので、健二の腕を引っ張って親戚達と映っている写真を見せたとき、たいていの友人はそんなこと言う。
 何故か言われる『意外』の意味は分からないが、自分は健二といて楽しいし、満足している。
 だが、不満はひとつある。
『いい。でも絶対怒っちゃだめよ』
『そうそう。上手くやんなさいよ。仕向けるもんよ、そういうのは』
 その不満を聞いてけらけらと笑いながら言ってきたのは、頼りになるが、面白がっている親戚のお姉さま方。
 夏希は少しだけ距離をあけて座っている健二に、少しだけ近づいた。
 顔は膨れたままだ。
(でも、どうすればいいの!?)
 花札は得意でも、世の中における駆け引きのようなものがさっぱり出来ない自分は、貰ったアドバイスなどやはり向いていなく、すぐにパンクだ。
 だから結局、それはやめろといわれていたのに直接聞いてしまう。
「手」
「手……?」
「なんで、繋いでくれないの」
 今日の散策中。これでもかというほど歩いたが、敢えて沢山歩いたが、お互いの手はずっと自由なままだった。
「え、え、ええっ」
 健二はひどく驚いた声を出す。
「…つなぎたくない?」
「いいいいい、いえまさかっ」
「本当に?」
「本当に!」
 言い切った後、健二は少し伺うように夏希見る。
「繋いで、いいんですか?」
「いいに決まってるじゃん」
 いつもたいてい繋ぎはじめるのは、自分からなのだ。
 たまには、健二から繋いで欲しいと午前いっぱい我慢していたけれども結果は惨敗。
(やっぱり)
 これくらい直接的なほうが、自分には向いている。そう思った瞬間、夏希の視界に笑顔が映る。
 健二は、夏希の返答に笑っていた。
 優しい、嬉しさが前面に出ている、夏希の大好きな笑みだった。
「ありがとうございます」
「え」
 座りながら、手を重ねられる。
 歩いている時のつもりだったのだが、今繋がれるとは思っていなかった。
 少しだけ動揺して、頬が赤くなる。
『へぇ、意外』
(意外じゃ、ないもん)
 驚いていた友人らの顔が浮かぶ。
 だって、自分は――自分達は、こんなにも幸せなのだ。
「…へへ」
「きょ、今日晴れて本当によかったですね」
「うん」
 日の光を遮るものは、今日は空には全くなく、二人は暫くその木陰で存分に青空を楽しんだのだった。






小さなことでも一喜一憂。