天然育ち100%




 ふっと目を開けたとき、すぐ目の前に何かがあった。
 それが人の顔だと判るまで数秒。健二は、まずは盛大悲鳴をあげた。
「えっ! ちょおおおおっ」
 そのまま後ろに飛びずさり、後頭部を壁で強打するがそれはどうでもいい。
 カーペットの上で、ソファーによりかかるように座り、雑誌を読んでいたことは覚えている。そのまま、多分寝ていたこともなんとなくだが覚えている。その時は、自分の目の前までせまっていた人物――佳主馬は、健二の自室で作業にふけっていたはずだ。
(もう終わったのかな?)
 動揺した思考のまま、目の前の佳主馬を見つめる。佳主馬は、健二とは逆にまったく驚いた素振りもない。
 その冷静さに、健二はこれ以上ないほど乱れていた気持ちが落ち着いてくる。
 佳主馬はただ、健二の予想よりはるかに側にいただけで、よくよく考えてみればそれは悲鳴をあげるほどのことではない。
(は、恥ずかしい)
 むしろ意識をしすぎた反応をしたと、健二はカーッと顔が熱くなっていく。
「ご、ごめんね。えっと、何か分からないことあった?」
 佳主馬は、初めてではないといえ、東京の自分の家にとまりに来ている。何か分からないことがあって呼びにきたのかもしれない。
 そして、自分とは違い、実は優しく気遣いのできる人物だと分かっているからこそ、露骨な悲鳴をあげて驚いた自分が、本当に居た堪れないほど恥ずかしくなった。
 笑顔を作りつつも、首辺りは羞恥で痛いほど赤いはずだ。
「も、もしかしてタオルの場所とか分からなかった!? あ、えっと飲み物はね」
「落ち着きなよ」
「……はい…」
 聞きなれてきてしまった単語を口にされ、健二は大人しく従う。
 小さくなるように暫く待っていれば、佳主馬がゆっくりと口を開いた。
「健二さんさ、寝ているときたまに口ぱかってあけてるよね」
「ええええ! あ、でもだから喉が痛いのかな」
「あれさ」
「う、うん」
「なんかムラっとするよね」
「は?」
「だから、あんま人前でしないほうがいいよ」
「あ、う、うん?」
 佳主馬の顔はいつもと同じまじめとも言えるもので。
 ひとまず健二は頷いてから、高校生となり大分成長した佳主馬の姿を改めて見る。そうすると、当然相手からも健二の顔がよく見える。
「涎」
「ええっ」
 健二は慌てて口を押さえるが、少し呆れながら、佳主馬はまるで彼の妹にするように、その手が健二の反対側の口元を拭った。
「何してるの、本当」
「すみませ――」
 しかし健二の言葉はそこで完全に途切れた。
 何故なら何気ない動作、で本当に何気ない動作で佳主馬がその指を舐めたからだ。見間違いでなければ、自分の涎のついた指を。
「うあああああああ!」
「ちょっと、急に何」
「ご、ごめ! じゃなくて、何舐めてるの! だめだめっ」
「ああ、ごめん。なんかさっき見てたら美味しそうだったから」
「え、唾液って味あるの?」
「さぁ。けど昔妹のを結果的に舐めるはめになった時は、何もなかったと思うけど」
「唾液に味があったらちょっと面白いよね」
「食事の味が分からなくなる」
「……ですよね」
 佳主馬はそこで小さく笑う。
「健二さんの唾液は味があるのかもね。だから味覚が――」
「ちょ! 僕だって一生懸命…っ」
「あはは、ごめん」
 佳主馬は笑っていた。佳主馬曰く自分の料理の味付けは薄すぎるか、何かが特出して濃いかで、かなり偏りがあるらしい。
 それ以来健二も料理の本などを見るようになったが、後から始めた佳主馬の方が、確かに味付けがキチンとされている所が、気に食わない。
(うう)
 軽く睨むように見るが、楽しそうに笑う佳主馬に連れれ、結局健二も小さく笑った。
 この家で、こうして年が離れ、全く知り合うようなきっかけも思いつかなかった友人と笑いあっていることが、たまに酷く不思議になる。
 けれど、これ以上ないほど心地よいのは確かだ。
 佳主馬はしっかりとしてい、憧れのキング・カズマでもあるけれども、とても温かい人物だと知っている。
(佐久間も、面倒見もすっごいいんだけど)
 佳主馬との居心地の良さはまた少し違う。普段、佐久間のように一緒に居ないからそう思うのかは分からない。
「ま、それはともかく。そろそろ晩御飯食べに行こうよ」
「うわ、本当だ。…もしかして、寝てたからまってくれてた?」
「OMCもあったし。見てるのも面白かったから」
「…次からはすぐ起こしてよ…」
「健二さんだって俺のこと見てるじゃん」
「え、いつ」
「OMC」
「そ、それはそうだよ!」
(あ、そうだ)
 文句をいって会話をしながら、佳主馬と話をしたり、こうして側にいると酷く温かいのだと気づく。
 思わず手を伸ばして佳主馬の手首を掴む。
「…あったかい、のかな?」
「何それ、子供体温っていいたいの」
「あ、そっか」
 素直に納得してしまえば、無言で、たくましく成長した佳主馬の腕に首を軽くしめられて、健二は悲鳴をあげる。
 実際にくっつくと本当にもう熱いくらいで、佳主馬ともし一緒に暮らすことができたら、暖房器具がいらなくて節約になるなと健二は思ったのだった。






佐久間とかは「ああ、もうこいつらさぁぁぁぁあ!」となっていればいいなと、妄想しつつ書きました。
ちなみに、これ佳主馬も全く無意識です。
佐久間とかに何か言われると「は?何いってるの佐久間さん」と変な目でみられて、佐久間は一人ストレスフルな生活です(笑)