あいのカタチ




「でもさ、こういうチョコだとくどいよね」
「俺は嬉しいですよー」
「佐久間くん、さっきから頷いてばっかじゃない?」
「いやぁ、ははは。だって、どれもらっても嬉しいじゃないっすか」
 呑気に健二を挟み穏やかに会話する二人は、机の上に広げられた雑誌に視線が完全に向けられている。
 雑誌の特集は、2月といえばの――バレンタインだ。煌びやかなラッピングがされ、健二から見れば一体何がどう違うのか分からない物達が大量に飾られ、それぞれの詳細が羅列されている。
 問題は、その雑誌を元にチョコの話題がこの場で繰り広げられていることでもなく、その話題に自然に溶け込んでいる佐久間でもない。
「健二くんはどれにするの?」
「……」
 ナチュラルに、夏希に問いかけられていることにあった。同じ、買う側として。
「あの、…先輩?」
「うん。あ、これはどうかな?」
「いえ、あの」
「これとか美味そうじゃね?」
「あ、本当! 見た目もサッパリしてるし。これいいんじゃない?」
「先輩、僕、買わないですよ…?」
 完全に何かを誤解されていると小さいながら主張をすれば、二人が同時に驚いた顔をして動きを止めた。
「え、あの…?」
 その動作にむしろ健二の方が驚いてしまう。まるで何か酷いことでも口にした気分だ。
「ええええっ、何それっ」
「は? お前ガチで言ってんの?」
 二人同時に悲鳴のような声をあげる。
 二人の勢いに健二は椅子ごとひっくり返りそうになる。休日のカフェは混んでいる。後ろの席の人にぶつかってしまい、軽く謝ったのち健二はあわあわと机に身を乗り出し、こっそりと呟いた。
「ちょ、え、だっって。な、なんで僕がっ」
「だって欲しがるでしょ、あいつ」
 夏希はあっさりと答えてくる。
「そうそう。絶対気にしてるぜ」
「そ、そんなこと…!」
 叫びそうになり、しかし言葉は詰まる。欲しくないはず、とは言い切れない。けれども健二は言いたい。
「…僕があげる必要も、ないかと」
「えーじゃあ、――はい!」
 夏希が勢いよく手をあげる。
「じゃあ私に頂戴よ」
「あ、じゃあ俺も俺も」
「はぁ!?」
 佐久間は完全に面白がっているだけだと分かるが、夏希はいい考えだというように手を叩いてはしゃいでいる。
「今『友チョコ』とかもはやってるし。ね、まずは練習ってことで!交換しよ。わー楽しみ」
「俺は貰うの専門で」
 甘いものが好きな佐久間は言いたい放題である。
「い、いえいえいえだからあのなんで僕がっ」
「えーヤダ?」
「う、あ」
 かつての――また今でも憧れの先輩にしょんぼりされれば、健二の動きなどすぐに止まってしまう。
 ぐるぐると、色々な考えがよぎるが佐久間はにやにやと見て呟いた。
「なら、ほら。俺もおまけってことで。一個買うも二個買うも一緒だろ」
「はぁ!? 佐久間にあげるくらいなら、佳主馬くんにあげるよ」
 思わずそう口にした瞬間、夏希の顔がぱっと輝いた。
「ほらやっぱり!」
「おーいったな」
「ああっ」
 夏希が手を叩き、佐久間はけらけらと笑う。
「ち、違う! 違くて今のはっ」
「いーじゃん。佐久間くんにあげるなら、ってことであげれば。一緒に選ぼうよ」
 屈託ない笑顔は、普段であれば見惚れるに十分だが、今だけは言葉に詰まってしまう。
 口をぱくぱくと数度動かし、それから健二は細く長い息を吐き、がくりと項垂れた。
「……」
 健二は未だに、実際にその人物が自分の恋人という位置に居るのだとしても、人前でそういう話が出るだけでも戸惑うが、更に言葉で言われるとどうもそわそわしてしまう。
(本当になんで)
 そして、自己嫌悪に陥る。自分のそんな感性はあまりにも酷く、情がない。
 けれども、自分なりに彼が大切であることは事実なのだ。だから、戸惑い混乱もしたが、結局関係が進んだのは――佳主馬とだった。
 計算過程をひねり出すのも楽しいが、数学と同じ。証明問題ではない限り、結果が全てだ。
「…先輩は、どんなチョコが好きですか」
 健二は最後のあがきで話題を変えるために、唸るような声を出す。
「前にお土産で買っていったときは、このチョコが好評だったかなぁ。あいつも結構食べてたと思うし」
「……先輩の好みだけでいいんですけど」
「まぁたまた」
 派手にからかう佐久間の足を踏みつける。
 しかしふと思う。
 佳主馬は果たしてどうしているのだろうか。彼の性格からいって、自分と同じように無頓着に何も準備していない気もするし、不必要に気を使い、彼が何か準備している気もしないでもない。その場合は、彼もなんだか一人で悩んでいる気がして少し可笑しくなる。
 思わず小さく笑ったせいか、夏希も嬉しそうに笑う。
 こうして三人でくだらない話をして――ここにいない人物と自分の関係を知った上で、気がねなく話をしてくれることは、とても嬉しくて幸せだということを知っている。たまにふと、その幸運を、それがどれだけ幸運かを、冷静に外から見るような視線で感じることがある。
 多分、この幸運を、宝物のように思っている自分を知っている。
「で、先輩は誰にチョコ買うんですか?」
「え? お父さんと二人にかな」
 夏希は言って、楽しそうに笑う。
「で、私の名前は書かないであげて、佳主馬に見つからせるの。どう?」
「…先輩、漫画の見すぎです…」
「じゃあ俺もチョコ買おうかなー。今ならOZでもいいの揃ってますよね」
「そうそう! え、じゃあ一緒にあげようよ」
 意気投合しそうになる二人に、健二は悲鳴をあげて割って入る。

 それは、ある穏やかな休日のことだった。






どうでもいい話でした(笑)
疲れているのに、書きたくなって書いたら見直す気力もない。少しずつ修正をいれていこう。えへ。

ちょっと糖度が低い…じゃなくてなんていうの。男っぽい感じの付き合いしている二人を妄想してみました。
最初は「池沢佳主馬と〜」の二人からバレンタインを想像していたはずなのに、大きく変わった。
ただ夏希とチョコについて話をしている健二をね!書きたかったの!