君は凄腕スナイパー




 池沢佳主馬は悩んでいた。
 ソレは別に今日というわけではなく、この二週間、もしかしたらそれ以上かもしれないくらい悩んでいた。
「なんだよ、浮かない顔してんなー」
「別に」
 クラスメイトの言葉など、今日は完全に耳を通り抜ける。
 まだ何かそばで喋っているが、頷きもせず佳主馬はただ何度も何度も考えていることを繰り返す。
(そうだ)
 自分は一応決意をした。その上で入念な計画をたてた。そのはずだ。
 ガタンと立ち上がり、佳主馬は鞄を取る。
「池沢?」
「バイト行って来る」
「バイトォ!?」
「は? お前今日バイトいれてんの!?」
 クラスメイト達から声があがるが、佳主馬はこれ以上ないほど真剣だ。
「今日はバイトが必要なんだ」
 その良く分からない真剣ぶりに、クラスメイト達は気おされる。
「お、おうそうか…」
「がんばれ、よ」
 だが一人がそこで、どうでもいいことを思いつく。
「あ!お前もしかして本命って、バイト先にい――」
 言いかけた人物は、凍えるような佳主馬の視線に言葉を飲み込んだ。短い挨拶の言葉と共に立ち去っていく佳主馬を見て、友人らは呟く。
「あいつ、何真剣なんだ?」
「チョコにまじ興味ねーのな」
 世間でいうバレンタイン。その日の男子達の会話など、どうしても浮き足立ち、結局はチョコに始まりチョコに終わる。
 その中で、異例なのは間違いなく佳主馬の方だ。
 だが、その感想は、実は少しだけ違っていた。



(あとちょっと)
 時計をちらりとみて、佳主馬は小さく息をついた。佳主馬がたまに入るバイトは、さびれた様な風貌の喫茶店だ。
 派手さはないが、味がよく、ちょっとした縁があり日数は多くないがこの店でたまに佳主馬は働いていた。
「しかし、よかったのかい。今日うちのバイトで。まぁ俺は助かるけど」
「問題ありません」
 キッパリ過ぎるほどしっかりと、佳主馬は答える。
 そう、佳主馬には計画というか、描いているものがあったのだ。
 バレンタインが近づく時に、まず一番最初に悩んだのはチョコレートを渡すか渡さないかだ。
 池沢佳主馬には恋人がいる。その相手は、男だ。
 立場的には自分が渡す方でおかしくはないのかもしれないが、普段の性格からいって恋人と自分には大きな差がある。
 恋人――小磯健二は、イマイチ何を考えているか分からないし、優しいが優しすぎるし、穏やかだが穏やか過ぎる。
 いつも痺れを切らして、何事も迫るのは大抵自分だ。
 健二はいつも大抵のことは受け止めてくれるし、受け入れてくれる。けれども、自分の行動がしつこすぎないか、気になることは多々ある。
 女々しくはない。
 と、思いたいが、ことあの人になると自分の感覚はよく分からない。
(それくらい、欲しかったんだ)
 夏希にも誰にも取られたくなかった。自分が一番近い場所に居たかった。
「もういいよ」
「え、でも」
「いいからいいから」
 まだ店内に人は居たが、マスターが言うのであればそれ以上何も言えはしない。軽く頭を下げてタイムカード代わりの紙に時間を記入する。
 時計を見ると、まだ七時より少し早い程度だ。十一時から二十時までがこの店の営業で、仕事が終わってから今日は健二のところによる予定だった。
 迷いに迷って、結局買うことにしたチョコレート。
 続いて更にどんなものを買うかで迷いに迷い――今日もあまりに早い時間がらいくのもなんなので、あえてバイトをいれて、何気なさを装って、健二に渡す。そこまで全て計画済みの話だった。
(…予定よりは少し早いけど、いいか)
 着替えて荷物を取り、店を後にする。
「あ、いたいた」
「……」
 ぽかんと、佳主馬は口をあけた。
「今日バイトだっていってたから、さっき中に入ろうとしたんだけど、マスターが手を振ってたからさ」
 突然今日もうあがって言いといわれた理由がハッキリする。
(いや、確かに健二さんはよくここに来ているし、友達だって知ってるかもしれないけど)
 どんな気のきかせ方なんだとか、これから遊びに行くと勘違いしてくれていたのかと思考がぐちゃぐちゃになっていれば、健二が紙袋を差し出してきた。
「はい」
「え」
「チョコレート」
「は?」
「佳主馬くん甘いもの好きだったよね? 今日はチョコあげようと思って、待ってたんだよね」
 けろっといつものように笑って、健二が差し出してくるのは確かにチョコレートだ。
「少し前から何にしようかなーってネット見てたらさ、今チョコレートってすごいんだね! 沢山あって」
「健二さん!」
「は、はいっ!?」
 いつもの調子で喋り続ける健二に、佳主馬は大声をあげる。
「馬鹿…っ、あほ!」
「え、えええっ」
 佳主馬は健二の腕を引っ張って走るように歩きだす。
 佳主馬が結局ここをバイト先の一つにしたことの理由は、健二の家がとても近くにあるからだ。
 乱暴に階段を昇り、持っている合鍵でその扉をあけて中に勝手に入る。
 健二はずっと後ろで何かを言っていたが、聞く耳などなかった。
「ど、どうした…のさ…?」
 息が切れている健二をぐるっと振り返る。
「ずるいんだよ! なんで!」
「え、は?」
 鼻がツンとするのは寒さのせいではなく――嬉しくてだ。
(不意打ちだ不意打ちだ不意打ちだ)
 そのままがしっと健二にしがみ付くように抱きついた。
「大好き」
「えええええっ」
「…僕もチョコ買ってある」
「あ、えそうなの? 嬉しいなぁ」
(もう嫌だもう嫌だっ)
 完全に動揺していたくせに、次の瞬間にはあっさりとそんなことを言ってすらくる恋人に、何かを言おうと真っ赤になった顔できっと健二を見た瞬間――佳主馬の表情が固まった。
 視界に入るのは靴箱の上に置かれている袋で。
「……誰にもらったの」
「え、あ」
「夏希ねぇ?」
「…とサークルの先輩。挨拶みたいなもんだよ」
「ふぅん」
「ちょ、ふぅんって、佳主馬くんの方が絶対もらってるでしょ!」
「ふぅん」
「えええええ」
 けれど、健二が買ってくれたのは自分にだけだということは分かる。
 それが嬉しくて拗ねる素振りをすることは出来ず、結局笑って、もう一度大好きな人にしがみついたのだった。






バレンタインのチョコ計画にものすごい力を費やしている佳主馬を書きたかったのでした。
乙女攻め佳主馬でもよかったけれど、より振り回されている感じがいいなーと思ったらケンカズになりました。笑。
この二人はもうどっちでも好きやねん…

てかバレンタインで一体いくつ更新するんだか。笑。

あ、ちなみにタイトルは佳主馬のハートが打ち抜かれまくっているという意味でお願いします。笑