しあわせのかくご 5
Happiness to You



***

「喧嘩もしたし、別れそうにもなったこともあるんだ」
「へ」
 高校の制服から着替え上田の駅前に集合した自分達に、健二はいつものどこか危機感を感じさせない口調でそんなことを口にした。今はまだ夏休みにはなっておらず、いつもの彼らが来る時期と僅かに違う。けれども、彼らが来たのは報告だ。
 昼間、自分が奇声をあげて駆け込んだ原因。
 自分達に、入籍――養子縁組をした報告にきてくれたのだ。
「こうみえて健二さん、我が強いんだ」
 若干呆れたように、そしてため息をつくように佳主馬が呟く。健二は悪戯っ子のように笑っていた。
「でも、よかった。本当に」
 真緒は嬉しそうに笑う。女子供は結婚とか、その手の話題が本当に好きだと思うが、この二人においては真悟も話が別だ。
 あの日の騒動は、今となればもう昔とも思える話であり、自分は今度は健二の年になってしまった。皆は二十歳や免許の取れる十八歳を節目に思うかもしれないが、十三歳と十七歳は、自分にとって、とても特別な年だ。その年に、この報告がきたことは、偶然ではないと思いたい。
「やっぱり初恋は実らない、だな」
 祐平がにやにやと、先日と同じ話題を引っ張ってくる。
 ドンと肩を思い切りどつけば、皆があの懐かしい記憶を思い出したのか笑い声をあげる。
「あの時は、本当にありがとう」
「…別に」
「頑張った真悟兄に、記念のちゅーくらいしてやったら?」
「恭平!」
 お前まで、と怒ったところで他のメンバーからは悪乗りして拍手が起こる。
「はぁ、ちょっとお前ら!」
「またまたふられちゃった真悟くんの、新しい門出のためにっ」
「あんた、またふられたの?」
「ぐっ」
 真悟が何かを言おうとしたとき、腕をぐいっと引かれた。
「へ」
 皆が一斉に言葉を失う。視界に入った佳主馬の表情があまりに酷くて、妙に真悟の記憶に焼きついた。
 頬にあたった、柔らかい感触よりも。
「本当に、ありがとね」
「っ」
 かーっと一気に顔が赤くなり、立ち上がっていたが椅子にすとんと座ると、隣で真緒がドン引きしている。
「あんた、何その反応…」
「ち、ちげぇよ! お前だって侘助にされてみろよ!」
「う」
 想像したのか真緒が言葉に詰まる。
「健二さん…」
「え?」
 健二の隣で、佳主馬が聞いたこともないような低音を発している。思わず全員でその声の先を見てしまう。
「何それ」
「え、え。いやだって、からかわれているのも可哀想かなと。実際されたら、男からのなんていい物じゃないし」
「人前で! 俺にあれだけ触るなって言っているのに?」
「いいじゃない。ほっぺにちゅーくらい。ね?」
 健二の言葉を否定する勇気がなく、真悟は問われるまま頷いてしまう。
「へぇ。じゃあ俺にもしてほしいもんだね」
「佳主馬くんは子供じゃないじゃない」
「健二さんよりは子供だけど」
 言い争いを始めた二人を見て、陣内家の現在の子供代表らは顔を見合わせる。
「なんていうか…」
「だな…」
「まぁいいんじゃねぇの…」
「佳主馬にぃ…」
 それぞれがコメントをしてから、皆で顔を見合わせてもう一度笑う。今度は真悟も、一緒になって笑った。


 皆が大好きだった『ばあちゃん』が死んでしまった時に、『燃えて埋められて消えてしまったけれど、ばあちゃんはこの世界に溶けて、今も自分達と一緒にいるんだ』と、誰かが言っていた。だから、恥じない行動をしなさいと言っていた気がする。
 その考えを、結構真悟は気に入っている。
 栄のその気持ちが、この世界に溶けている。そう思うと酷く安心するし、気合も入る。覚悟を持って、自分達はこの世界で戦っていける。
(なぁばあちゃん)
 今、きっと栄も笑って、自分達を見てくれているだろう。
 自分達はこの世界で、きっと幸せになる。幸せにならなくてはいけない。
『よくやったね』
 もはや記憶はおぼろげだが、あの手がきっと今、自分の頭を撫でているかもしれないと思うと少し気恥ずかしいが、真悟は、胸を張りたいような、より幸せな気持ちになるのだった。




BACK




END
あとがき&貰い物