しあわせのかくご 1
Happiness to You



「なぁ」
「んあ?」
「なんかおかしくねぇ?」
「おかしいな」
「おかしいよな」
 手にもう馴染んでいるゲーム機から、顔をあげずに問いかけると、相手も同じように返してきた。
 一見すれば、適当な会話にいい加減な返答と思われがちだし、親には怒られるがゲーム歴はもはやほぼ十三年とくれば、遊びながら会話をするくらいなんてことはない。(実際は十年くらいだろうが)
 顔をあげずとも、目の前でだらしなく座る親戚がどんな表情で、格好をしているかすら分かる気がする。親戚達の中でも自分達は年が近く、更に同じ地域に住んでいる。せっかくの夏休みで、顔を合わせる新鮮味はないが、代わりにとても楽に過ごせるのは事実だ。
 目の前に居る祐平も、そして自分――真悟も、いまやもう中学生だ。その分、なんだかんだと母親からは『勉強』という言葉がある程度付きまとうようになってきた。もっとも、自分のクラスメイト達と比べれば全然ましであり、『テスト』と『宿題』のためにしかその単語は出てこない。要するに、もとから頭の方はさして期待されていない。それは、自分達の親ながら正しい判断だと思っている。
「お前、宿題って言われたか?」
「全然」
 祐平は追い込みに入ったようで、「お、こいつっ」と肩を動かし連打の体勢にはいっている。大して自分の方は上手くいっているようで、いってもいない。要するに余りこだわる状態ではなく、ポケットに入っている携帯を取り出し、簡単なメールを送る。
「何やってんの」
「うわっ」
 後ろから携帯を覗かれ、携帯もゲーム機も放り投げそうになるが、立っていた人物を見てため息を一つつく。
(うるさいのに見つかった)
 けれど、彼女にもここに来て欲しかったのは事実だ。
「別に」
「何、もしかして彼女?」
「お前さぁ」
「いないいない」
 真悟の代わりに祐平が笑いながら答える。完全に馬鹿にした笑いだ。
「だって、こいつさ学校で」
「祐平ぃぃぃっ」
「わははは、やべ。思い出した」
 思わずゲーム機を持っている祐平の首を押さえれば、真緒はけらけらと笑った。
「あんたにいたら、私が驚くっての」
「うるせぇな。つーか、まぁちょうどよかった」
「え?」
「しー兄?」
 襖があいて顔を出したのは、加奈だ。
「お、きたか。もう一人は?」
「寝てるよ」
「あーじゃあしょうがねぇ。ちょっとお前ら集まれ」
「何よ、偉そうに」
「俺ボス戦なんだけど」
「いいから!」
 真悟は少し声をはりあげる。だが、皆はなれたもので、面倒くさい顔をしつつも一応中央に集まった。
 比較的なじみの顔を見回して、真悟は口を開く。
「なぁ。何かおかしくねぇか?」
「何かって何がよ」
「お前さっきもそれ言ってたよな。はい、じゃさっきの。宿題しろって言われてねぇこと」
「他には」
「んー。なら、今日は手伝いいらないって言われたことかなぁ」
 長い髪をおろしている真緒は、年々雰囲気が夏希に似てきていると誰かが言っていたが、先日昔のアルバムを見て、真悟は少しだけ納得をした。もっとも、夏希の方がはるかに美人だとは思っている。
「あとはなんだ。またあらわしでも落ちるってのかよ」
 祐平が軽口を叩くと、加奈が手をあげた。
「加奈」
「揃ってないよ」
「あ」
「全員、揃ってないよ」
「そうね。でもほら毎年皆来るのばらばらじゃない」
 真緒も同意をするが、加奈は首を振る。
「おかあさん達、なんか変」
「だよな!」
 真悟は自分の足を叩いて加奈を見る。加奈もじっと真悟を見る。
「侘助おじさんじゃねぇの?」
「え! 侘助おじさんっ?」
 真緒が敏感に反応し、真悟は逆に嫌な顔をする。ただの寂れたオヤジだが、何故か真緒は昔から侘助をとても気に入っている。
 そして、確かにこの家は、侘助の問題が絡むとすぐに騒動になる傾向がある。本人にとっては、とても不本意のようで過去ぼやいているのを見たことがあるが、事実そうなるのだから仕方が無い。
「あとね、佳主馬兄」
 加奈がぽつりと呟く。
「全然、遊んでくれない」
「あーそういえば…でも忙しいんじゃない? 仕事沢山もっているみたいだしね。後で私が遊んであげるから」
 真緒が笑って加奈の頭を撫でる。
(…なんだ)
 真悟は、その光景を見つつ考える。
 先ほど加奈があけた襖から、涼しい風が入ってくる。上田の夏はいつもそうだ。そして、毎年八月一日に向かって、全員が集まる。
 この年になって親戚の集まり、と思わなくもない。けれども、面白いのも事実だ。文句をいいながらも、結局自分達はここに集まる。そして一度来てしまえば、気づけば夏の終わり近くまで、ここで過ごしている気がする。
(宿題、親たち、揃っていない、佳主馬…、侘助)
 チリンと風鈴の音が響き、真悟はすくっと立ち上がる。
「真悟?」
 皆の視線が集まる中、真悟は口を開いた。
「アイスとってくる」
「は?」
「アイスだろ、夏っていったら。頭スッキリさせる」
「…頭っつか、喉だよな。スッキリするの」
 自慢ではないが、国語の成績は2で、順序だった思考を身につけましょう、とデカデカと成績表に書かれていたことだけは覚えている。もしかしたら、案外記憶力はいいのかもしれない。
 が、今のこのもやもやした問題を、突破できる気がしないのは何故なのか。
「気が効くぅ」
 真緒の言葉に重なるように、残り二人も手をあげる。
「悪いな」
「わぁい」
「……」
 喉まで文句をもでかかったが、ついでだと、真悟は手をふって台所へ向かうのだった。



BACK NEXT 


まだ何も始まってなくてごめんなさい…