しあわせのかくご 0
Happiness to You




 それは何時もどおりの、なんでもない日だった。
 日差しは夏に向けて強くなり、窓側の席で真悟は退屈な授業を聞き流す。教師は来年が大学受験なのだからと張り切っているようだが、この田舎で過ごしている自分達にとって、それはさほどの危機感ではない。
(眠い…)
 チャイムがようやく鳴り響き、腹が減ったとぼんやり思ったとき、机の上に出していた携帯が点滅した。それを何気なく取り、真悟は奇声をあげた。
「うは、あああああああ!?」
「うお! んだよ、真悟っ」
「まじかよ」
 クラスメイトの声を完全に無視し、真悟は廊下をはしる。目指すは一つ上のクラス、祐平のクラスだ。
「ゆーへえ!」
 パンと扉を開けて駆け込めば、驚くほど側の席に座っていためがねの友人は、教科書で思い切り真悟の頭を叩いた。
「うるせぇな」
「うるさくて当然っ」
 携帯を差し出すと祐平もそれじっと見つめ、そして奇声をあげた。
「だろ?」
 同じ反応ににやにやと笑う。
 気持ち的にはハイタッチをしたかったが、残念ながらそうはならなかった。何故ならば、楽しそうに笑いながら祐平が――気づけば、悪戯をするときの笑いになっており、言ったのだ。
「お前、嫁にもらえなかったな」
「…お前もだろ」
 同時に、真悟の携帯がふるえる。今度はメールではなく着信だ。
『おめでと。失恋決定じゃん』
 真緒の声も、楽しそうにけらけら笑っている。一瞬で電話を切りながら、覚えてろよと内心呟く。いつか侘助が結婚する際には、同じ台詞を贈ってやると唸っていれば、今度はメールが届く。
 名前を見れば、差出人は同じ親戚子供組でもある加奈だ。
『元気だしていこうね』
「……」
 ご丁寧に、泣いている顔文字までついている。
 顔をゆがめてそれを読んでいれば、祐平はその内容を覗き込んで、隣でげらげらと声を出して笑いだした。
(まぁいい)
 陣内家の男に半端な者はいらない。半端な覚悟で、自分は、そして今はこうして笑いあっている親戚達もこれを望んでいたわけではないのだ。
 だから真悟も笑った。げらげらと祐平の肩を叩きながら。
 そのメールは、それくらい、とても嬉しいものだった。



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