寒い冬の日




 何度も考えては、メールの画面を開いて閉じた。続いて電話番号を表示させるが、同じことを繰り返す。
 夏希はベッドの上に転がったまま、唸り声のようなものを発していた。
(うー)
 らしくないと分かっている。いっそ、こうなったらコインでも転がして、行動を決めようか。
 そんなことを思っていた時、タイミングよく電話が鳴り出し、夏希は飛び起きた。専用の音楽に、表示される名前も見ずにボタンを押す。
「もしもしっ」
「こんばんは、あの。今大丈夫でしょうか?」
「うん、もちろん!」
 いきなりすみません、と健二はよく分からないことに小さく謝ったとに続けた。彼にしては、とてもあっさりと。
「えっと先輩、大晦日の日って…暇ですか?」
 一瞬言葉が詰まったのは、あまりにも嬉しい――自分が聞こうか聞くまいか、珍しくうだうだと悩んでいた(一応これでも恋する乙女なのだ)内容だったからだ。
「暇! すごい暇!」
「よかった」
 電話の向うできっと彼は、自分の好きな穏やかな笑顔で息をついた。
「じゃあ、23時くらいに久遠寺高校前…だと危ないか…あ、えっと迎えにいったりしてもいいですか?」
「……」
 夏希はあんぐりと口を開けたまま固まってしまった。
 まさか本当に、一番やりたかったことを誘ってくれるなんて。しかも迎えにまで来てくれるなんて。
「先輩?」
「あ、ううん、すごい嬉しい! 待ってる!」
「じゃあまた明日に。あ、動きやすい格好でお願いします」
 どうやら健二は出先に居るようで何か騒がしい音が聞こえ、電話は簡単に終わってしまう。
 切った後暫く余韻に浸るように呆然とした後、夏希はごろんとベッドに転がる。クッションを抱きかかえるその顔は、さっきまでとは違う満面の笑みだ。
(へへ、何着ていこう)
 そこで、ふと、夏希は首を捻った。
「…動きやすい、格好?」
 それは一体どういうことなのか、全く意味が分からなかった。




「こんばんはー」
「……」
 初めて出来た彼氏と、年越しを一緒にする。それは別におかしくないし、一般的な内容だとは思う。
 けれども、迎えにきた健二に案内された場所は、当初待ち合わせ場所に何故かあげられていた久遠寺高校で、校門の前には彼の友人でもある佐久間が立っていた。
「先輩?」
「あ、んんっ、なんでもない。こんばんは!」
 慌てて笑みを顔にのっける。
 がっくり来る気もするが、色々夏希自身納得した。
 健二があんなすんなりと自分をデートに誘ってくるなど、滅多に無い話なのだ。
 好かれていることは分かる。けれども、自分も彼も付き合うことの初心者で、いつもその距離を詰めかねているのをよく感じる。
「ははぁ。俺お邪魔でした?」
「佐久間! 失礼だろっ」
「あはは…」
 失礼どころか、その通りのことを最初考えていた夏希としては笑うしかない。健二は純粋に動揺しているようだ。
 しかし、この現状を受け入れれば、果たして一体自分達は何をしにここに集まっているのか不思議になる。久遠寺高校のそばには、何かこれといった参拝場所があるわけでもない。
 よく見ると、佐久間はスーパーの袋を持っている。
「買ってきた?」
「もちろん。そっちは」
「オッケー。準備済み」
 二人がにやにやと笑いあった後、佐久間が歩き出す。
 吐く息は白く、周辺は静まり返っている。この時期のこの場所に、用がある人物は早々いない。
「実は、ちょっと今日は物理部の伝統行事があるんです」
「伝統行事?」
「ま、そんなかたっくるしいものでもないんですけどね」
 佐久間が笑って、学校のとある場所のフェンスをガシャンと揺らした。
「ここ、外れるんすよ」
「ええ!」
「…先輩、今日だけは生徒会のこととか忘れてくださいね…」
 小声で健二に言われて、小さく頷く。
 高校に入り、こういったことをする機会はなくなったが、元から好奇心は旺盛だ。
 夜の学校に忍びこむ。
 これが楽しくないわけはない。
「もちろん! すっごいわくわくしてきた」
 笑顔で言うと健二が嬉しそうに笑う。その顔に少し頬が熱くなるが、今は気にせず笑い返す。
「ほらほら、そこのカップルー。行きますよー」
「な、何いってるんだよ佐久間!」
 健二が佐久間の後に行きかけ――結局、夏希と歩調を合わせた。夜だからという気遣いなのかもしれないが、そういった健二の優しさは、好きなところの一つだ。
「ということで、まずは物理部です」
「去年までは屋上でやっていたみたいなんですけど、鍵が変わってしまったので…」
「今年は中庭ってことでいいだろ」
 彼らはごそごそと準備をしていた道具を抱えて歩き出す。
 夏希は彼らの後ろをついていき、中庭についてから驚いた。
 佐久間の袋から出てきたのは刻んだあさつきの袋、ナルトにてんぷら。健二の鞄からは茹でた蕎麦が出てくる。
 唖然としている中で、彼らはテキパキとアルコールランプとお湯をセットし、お湯を沸かし始める。
「も、しかして」
 夏希が呆然としたまま言うと、佐久間がにやりと、健二は少し恥ずかしそうに笑う。
「「年越し蕎麦です」」
「えええええ!」
「伝統なんすよ。書置きによると、毎年地味だといわれていた先輩らが、地味になりに静かにバレないようにイベントやろうぜ!って始めたみたいで」
「代々続いてるんですよね…これが」
「しかも、決まりが色々あって、場所はかならず校内。できれば外」
「どんぶりはビーカー」
「お湯はランプや、そんなもので沸かす」
 話ながらも、彼らは夏希が滅多に見ることがないほどテキパキと準備をすすめていく。
 アウトドアには絶対に向いていないような二人だが、こと使用する用品がこの手のものになると色々と違うらしい。
 二十分もしないうちに、あっという間に年越し蕎麦が差し出される。
「去年は二人でやったんすよ。けど、こいつが今年は…」
「うわあああああああ」
「なんだよ。お前が誘いたいっていったんじゃん。あ、先輩。この後、お参り行きましょうよ」
「あああ! お前本当余計なことを…っ」
 健二がわあわあと佐久間にしがみ付く。
「え、邪魔だった…?」
 思わず『余計なこと』という単語に、夏希は一瞬不安になる。
「い、いえいえいえまさかっ」
 取れそうなほど首を振った後健二が、消え入りそうな声で言う。
「ぼ、僕が誘おうと思っていた、ので…」
「なんだよ。それなら早く言えって」
「佐久間!」
 それから諦めたように健二は小さく息を吐くと、蕎麦がのびるよ、と佐久間に文句を言う。
「じゃ、年が越える前に食べますか」
「先輩も」
「うん」
 三人そろって手を合わせる。寒い星空の下。ビーカーで食べる年越し蕎麦。
 一口食べると、熱さで鼻がじんわりと暖かくなる。
「…美味しい」
 言うと、健二が嬉しそうに笑う。
「よかったです」
「すごい新鮮」
「たまには、ちょっと変わっていて、よくないですか?」
「うん」
「思い出に、なるかなと思って」
 健二はさらに何かを言いかけたが、それは言葉にできなかったようで、夏希を見て笑った。
 胸が熱くなる。想像していなかったイベントだけれども、きっと夏希はこの日のことは忘れないだろうと思う。
 寒い。けれど寒くない。
 夏希は感じる熱さに――自然と笑顔になり、蕎麦をすする。
 きっと、来年も楽しい年になると、確信をしながら。






夏戦争で駆け抜けた後半戦でした。沢山お付き合いを頂き、本当にありがとうございますっ
ぜひ皆様、良い年をお迎えくださいませ。

来年も宜しくお願いいたしまぁぁぁぁすっ