ケンカズ編




(喉かわいた)
 持ってきていたノートパソコンから手を離し、佳主馬は小さく息を吐いた。
 健二の自宅にもパソコンはあるが、OMCで戦うことを考えると使い慣れたパソコンがやはり馴染む。
 時期はもう秋――といっても冬も近づいていたが、室内では相変わらずの軽装の佳主馬は立ち上がり、裸足のまま扉をあけた。
 本音を言えば東京に来ているときにあまりOMCや仕事関連のことはしたくない。それくらい、健二といれる時間は貴重だ。OMCも自分を創る大切な一部ではあるのだが。
「は?」
 居間の扉を開ける前に、健二の声が聞こえた。
 今までこの家に居て、健二の両親と会ったことはない。となると、健二は今誰かと電話中なのかもしれない。
(珍しい)
 そう思ったのは、健二の声がフランクなものだったからだ。
 健二は優しい。そして、非常に丁寧だ。それは陣内の親戚一同が思っている話で、いつまでも遠慮が抜けない健二に、親戚達はいつも痺れを切らしている。
(いい所でもあるんだけどさ)
 佳主馬は小さく息をつく。
「だからそれくらいさ――」
 所々強い口調のところだけ声が響く。
(佐久間さん、かな)
 思わず眉が寄る。健二が結局一番気を許している相手は佐久間だ。
 近い距離に居る佳主馬だからこそそれがよく分かる。二人で居るとき、場合によって佐久間からの連絡の場合健二は自分を優先してくれる。けれど、その優しさが嬉しくもあり――。
「もうちょっと強引でもいいのに」
 乱雑な言葉や、気兼ねなく接せられる佐久間が羨ましいというのは、決して口に出来ない。
 どこまで自分は我侭になるのか。
 小さく息をついて壁によりかかる。身長は少しずつ伸びてはいるが、まだ細い子供のような自分の体。その上、精神までこれでは、どうしようもない。
「おかすよ」
「!」
 しかし聞こえた声に、佳主馬は全身を硬直させ、目を見開いてさび付いた機械のようにギギギと扉の方を見た。
「だからさ」
 イラついたような健二の声。
 佳主馬はごくりと唾を飲む。
「おかすってば」
「っあ!」
 バンっと気付けば思い切り扉を開けていた。健二が酷く驚いた顔をして自分を見ている。
 その表情はすぐに笑みに変わったが、すぐに不思議そうに首をかしげる。佳主馬の反応が変だと気付いたのだろう。
「あ、じゃあごめんまたね」
『ああ! ちょ、まてってっ』
 口で言うほどごめんと思っていない態度でブチっと容赦なく健二は電話を切る。前には佐久間に同じように切られていたことから、二人はお互いにお互い相手にこうなのだとわかるが、それすらもイラつきが――
(じゃなくて)
 佳主馬は動揺のまま、激しく鼓動がなり汗が滲みそうな気持ちのまま聞く。
「い、ま健二さん何て」
「え?」
「なんて、いってた?」
「え――おかすよ?」
 佳主馬は卒倒しそうになった。
(佐久間……殺す)
 これくらい強気に、健二に言われたら自分はまさしくひとたまりもない。
 数学を解いているときのような真剣な眼差しを向けられるだけで、情けないけれど完敗なのだ。
(ん?)
 しかし、一応冷静な気持ちも残っていた。
「何、――を貸すって?」
「うちの教授の参考書」
 その言葉で、脳内で途切れていた言葉が繋がる。
『参考書、をかすよ』
「………」
 語尾がただ、口調が強かったため、最初はそう聞こえたのだろう。
 だが、佳主馬は考える。真剣な表情の佳主馬に、健二は少し心配そうだ。
「健二さん」
「な、なに?」
「今さ、数学を解いている気持ちで」
「うん」
 健二の顔が少し引き締まる。
「もう一度…言ってみて?」
「へ? 今の?」
「そう。出来る限り真剣に、力強く! ラフな感じで!」
「う、うん!」
 佳主馬の迫力に押されたのか、健二がシャンとして真面目な顔になる。
 悔しいけれど、佳主馬は付け足す。
「僕を佐久間さんだと思って――」
 一気に、健二の顔に少し雑な表情が混ざる。そして口を開き、先ほどと全く同じ言葉を口にする。
「参考書をかすよ」
 多分、多分だ。
 何かを教えてか、解いてくれといわれたものを、健二は面倒くさくて参考書を貸すといったのだろう。それがありありと分かる嫌そうな顔だ。
 けれど。
 けれども。
「か、佳主馬くん!?」
 膝からカクンと折れた佳主馬に、健二が心配して飛びつく。
「け、健二さん」
「どうしたの?」
「やろ」
「は、はぁ?」
 唐突な誘いに健二が素っ頓狂な声をあげる。
 そもそも佳主馬が自分から乗っからなければ、きっとそんな関係には当面なれなかったことだろう。優しく少し恥ずかしがりやな恋人。
「犯してください…」
「へ、へぇぇぇええええっ!?」
 それは、とても平和な一晩のことだった。






佳主馬哀れ…なのか?(笑)
健二信者のまま恋人になった的な佳主馬です。健二もそりゃ幸せだろう…。
あ、だから結果的に二人とも幸せなのか。よかったよかった。笑。