陣内家へようこそ!





 その騒動は、そんな一言から始まった。
「どうせなら、佐久間くんも来ちゃえば?」
 その時の健二と佐久間の表情は、教科書に載れそうなほど『対』になっているものだった。


「いやー、田舎だけどいい所じゃねぇの」
「……」
「しかし見事に温泉吹き出てんなぁ」
「……」
「人も超いるし。うわ、すっげ! ガチでっ」
「……佐久間」
 己の使命というように、バス停まで迎えにいった健二は、そこでようやくひたすら喋り続けている悪友の名前を呼んだ。
「あ?」
「絶対、お前、もう余計なことは言うなよ」
「余計ないこと? あー、言わないって。お前が夏希先輩にどれだけ気持ち悪い思いを――」
「わーーーーーーっ」
 健二は彼らしからぬ、悲鳴のような大声をあげた。
 あらわしが落ちて三日後。佐久間と電話で話をしていたとき、誰かが言ったその一言からこのとんでもないことが実現してきてしまった。
(なんで、あの時居間でチャットをしたんだ…)
 まだまだ事件直後で、栄関連の騒ぎも、屋敷の修復作業も全く落ち着いていない。だが、元来順応力が高く、逆に凄すぎたあの事件で色々吹っ切れてしまった親戚らは、この際といったノリで声をかけてきたのだ。
 それに、あの事件に離れた場所で協力した青年にあってみたい、という思いもあったのだろう。画面越しで幾ら話をしていたとしても。
「はは。いいじゃん。で、どうなの? 上手くいってんの?」
「……」
「あ、健二くん」
「!」
 呼ばれた名前に、健二は慌てて佐久間の口を塞ぎ耳元で話す。
『絶対余計なこと、喋るなよっ』
『わーってるって』
「佐久間くんね。いらっしゃい」
 門側で、業者とひとまず修理の可能性について相談をしていた典子達が頭を下げてくる。
 佐久間はいつものよそ行き顔で、愛想よく返事をする。
「初めまして。佐久間といいます。色々と先日はお世話になりました」
「何言ってるのよ。こっちこそじゃない」
「はは。こいつもお世話になってますし。邪魔になってません?」
「さ、佐久間っ」
 背中を押しても拉致があかないため、引っ張るように健二は門から中へと飛び込んだ。
「うわ、今のも親戚? みな美人じゃ…って、ここ庭?」
 ポカンとした顔は、健二自身とても覚えがあるもので。
 それに関しては、色んな意味での『先輩』として、健二も思わず笑ってしまう。
「そう」
「え、じゃあもしかしてさっきの!?」
「外門」
「はぁぁぁぁ!?」
「といっても、あれ壊したのはあらわしよりも、漁船が先なんだけど」
「漁船!?」
 驚く佐久間が面白くて、健二はにやにやしつつ言ってみる。
 陣内家は普通の家だが、普通ではない。普通ではないのは、その親戚達のバイタリティだ。
「ちょ、え、何それっ。つーか、お前そういう所を話しとけよ!」
「はははは」
 首をゆさゆさと許されていれば、側で噴出す声が聞こえた。
「…何してんの」
 どうやら話している間に内門の側までついていたようで、そこでは強制的に手伝いに連行されている佳主馬達がいた。吹き出したのは、後ろに居る太助のようだ。
「あ、佳主馬くん」
「おおおおー! これがキングっ!?」
「うわぁ、佐久間っ」
 飛びつく勢いの佐久間を、健二は後ろから羽交い絞めにする。
(も、もう嫌だ…)
 佳主馬は少し嫌そうに眉をよせたまま、佐久間の顔を見る。
「誰」
「ええええ」
「嘘だよ。佐久間さんでしょ。あのときは色々ありがとう」
「お、おい。健二! 聞いたか。キングが、キングが俺の名前を…っ」
「もー落ち着けよ、佐久間! その気持ちは分かるけど」
 一通り騒いで少し落ち着いたのか、佐久間はふーと息を吐いて笑った。
「佐久間です。やーまさか生キングを拝めるなんて。あ、すみません、いきなり騒いでしまって」
「おう、ゆっくりしてけ」
「きみが、佐久間くんね」
 わらわらと親戚たちがよってくる。佐久間はそれに調子よく返していく。
 健二はわなわなと震えつつ、とうとう我慢できずに後ろからその肩を揺さぶった。
「だーからっ、お前は、もっと控えめにしろって! 挨拶もしっかりしろって」
「ぐぇ。ちゃんとしてんだろ」
「ああ、もう俺やだ…」
「お前がいちいち細かいんだっつーの」
 そのまま言い合いが続こうとする中で、呆れるように呟いたのは理香だ。
「本当に仲いいのねぇ、あんた達」
 その一言に健二ははっとした。
「あ、す、すみません。いきなり騒いでしまって」
 見れば、間違いなく全員の注目を浴びている。
「いやー健二くんも、さすがに同級生との間では、そんなんなんだねぇ」
「え、や、あの」
「年頃っぽくていいじゃない。ねぇ、夏――夏希?」
 よく見ると、夏希はやや硬い表情で、少し睨むような顔すらしてこちらを見ている。
「あ、あの、夏希先輩?」
 思わず佐久間の言葉もつまり気味になる。
 どんなにゴーイングマイウェイでも、やはり学校のアイドルには弱い。それが健全な男子高校生の反応だ。
「ずるい」
「へ?」
「は?」
「健二くん、なんで佐久間くんとはそんなに気安いのー! 私のことなんて、まだ先輩付けなのにっ」
 すると、親戚一同何を思ったのか顔がニヤニヤし始める。
「そうだなぁ、確かに固いよね。特に夏希のことは呼び捨てでもいいんじゃないかな」
「そーいやそうね。あんた、そんなんじゃ人生疲れるわよ」
 よーびすて!と誰かがコールすら始めてくる。
「バツイチに言われてもだけどねぇ」
「あ? 何あんた文句あるわけ」
 太助の一言に直美がくいつくが、佳主馬も面白そうにのってくる。
「僕のこともくん付けだし?」
「あ、そうね。あんた佳主馬くらい呼び捨てでいいんじゃない?」
「ええっ」
 健二が勢いよく佳主馬を振り向く。
「えー! じゃあ私も呼び捨て! はい!」
「えええええっ」
 夏希がピンと手を伸ばす。動揺して、健二はもはや完全にそれ以上言葉をつなげないで居る。
 その姿に今度噴出したのは、佐久間だ。
「あははは! いいなぁ、お前もう完全に馴染んでるじゃん」
「さ、佐久間っ」
「せっかくだし呼んでおけば? 九月から、牽制になるんじゃね? 呼び捨て」
「けけけけ、牽制!?」
「そ。だって、付き合うんだろ?」
 けろっとした顔で佐久間が問いかければ、ギギギとさび付くような動作で健二は夏希を見る。夏希もその一言に顔を赤め同じように健二を見る。
「さ、佐久間」
「おう」
「…――あの合戦した場所見たく、ない?」
「まじで! 超みてぇっ」
 返事をした佐久間の腕を引っ張り、健二にしては珍しい機敏さでその場から逃げ出していく。
「あ。逃げた」
「逃げたー」
 その後ろから聞こえたのは、子供達の声と、弾けるような楽しそうな笑い声だった。






佐久間と健二の関係は本当いいよなぁ。
夏希や佳主馬が、佐久間をズルイ!というのは王道展開と信じているんですが、どうなんでしょうか(笑)