ゆっくり、まっすぐ





「本当よかったのに、気を使わなくて」
 帰宅をしてまず聞こえたのは、母親のそんな声だった。
(電話中か)
 先週初雪もふったが、今日もまた格段と寒い。靴を脱いで室内に入ったというのに、まだどこか冷たい風を感じる気がした。
 耐えようと思えば耐えられるし、格好悪いので厚着もしたくはない。けれども寒いのがすきかといえば、当然それは否だった。
 トントン、と部屋に行き鞄を置く。それからいつもの適当な部屋着に着替えをする。
 学校は相変わらず面倒くさいし、つまらない。
 けれども不思議と少し前までのように、自分が何か得体のしれないものに押しつぶされるような、負けそうだからこそ負けたくないと尖るような必要を感じなくなった。
(変なの)
 何かが劇的に変わった覚えなど無い。
 着替えながらふと己の手を見ても、当然見慣れた大きさの手であり――子供の手だ。
(そう、子供なんだ)
 子供だからといって舐められたくはない。そう思って色々な仕事もこなしてきた。だが、やっぱり自分は子供だったし、子供なのだと、最近は思う。
 感情が高ぶることも、冷静な対応をしているつもりでもそっけなさ過ぎることもある。その加減が、微妙なさじ加減を自分はまだ調整ができない。
 あの夏の時もそうだ。
「佳主馬ー」
「何」
 母親の声に適当に返事をする。
「電話よ」
「電話?」
 扉から顔を出す。母親は階段下の廊下で子機を持っている。
 携帯ではなく自宅にかけてくるような人物を、佳主馬は知らない。その嫌悪にも近い表情が露骨に表れていたのか、母親は楽しそうに笑う。
「私がかけたの」
「は?」
「小磯くん」
「っ!」
 佳主馬は駆け下り、途中ではっと気づき歩き出すがもう遅い。母親が笑いを堪えているのを少し睨むように見てから、受話器を受け取った。
「……もしもし?」
「佳主馬くん!?」
 不意打ちだ。健二の声は、隠すまでもなく喜んでいる、楽しそうな声だった。
 自分が敢えて作った冷静さを装う不機嫌そうな声など、太刀打ちできやしない。
 あの夏の終わりの日もそうだった。
『連絡先教えてよ』
 そっけない聞き方で、ようやく口に出せたその一言。
『う、うん! じゃ、じゃあ佳主馬くんのも聞いてもいいかな…?』
『聞かないと連絡取れないじゃない』
『! そうだよね』
 嬉しそうに結局笑っていたのは、健二だけだった。
 最後の日も、そんな風にそっけなくしか――否、ほとんど話が出来なかった。
 周囲に親戚が沢山居るからとか、自分のポジション的にこの感情をどう処理するのが正しいのかとか、冷静じゃないとか、様々な良く分からないことが自分の中を駆け巡り、本当にその欠片すら、口にすることは出来なかった。
『連絡、ちょうだいよ』
 だからメールで、彼が新幹線に乗っている頃合に、その行動だけを要求する言葉をメールにした。
(情けない)
 何もかもが、健二と話をしているとぐちゃぐちゃになってしまう。
「電話は、久しぶりだね。えっと、実は今日ね」
 健二が受話器越しに話し出し、我に返る。同時に、母親がとんとんと腕を叩いた。
 指差されたそこには、一つのダンボール箱がある。
「お祝いも贈れてなかったから…、今頃になっちゃったけど妹さんに。あと、佳主馬くんにもクリスマスだし」
「健二さんが!?」
 それは素直な驚きの声だった。
「……夏希先輩に選んでもらったんだけど。け、けど送りたかったのは本当だよ!」
 佳主馬は呆然とした気持ちで届いている荷物を見る。妹へは優しい色合いの服と小物だ。そして自分には、暖かそうなマフラーがあった。
「……僕にも?」
 それは自然にもれた呟きだった。
「うん。佳主馬くんには、夏にも沢山助けてもらっちゃったしね」
「そ、れは」
 僕の方こそだ、と叫びたかった。
 健二と出会って、自分は新しいことを沢山知った。人と話す楽しさも、学校に持っていたよく判らない不安もなくなった。
 けれどそれをなんて言葉にしていいのか分からない。
「ありがとう」
 つまらないけれど、この言葉しかいえなかった。
「へへ、恥ずかしい、ね」
「ありがとう、健二さん。これから使うよ」
 子供っぽいと分かっていたけれど、そんなまっすぐで馬鹿みたいなことしかいえなかった。
 目の前にあるマフラーは、とても柔らかく暖かそうで、この外の寒さを考えてもとてもありがたい。
 彼は、いつも自分が欲しくても、下らない理由で手を伸ばせないものをくれる。
 何故か、体の奥がじんとして少し視界が滲みそうな気にすらなった。
 しかし。
 はっと気づけば、母親が少し楽しそうに笑いながらこちらを見ている。
「っ」
「佳主馬くん?」
「な、なんでもない!」
 ばっとマフラーをひったくると、そのまま階段を駆け上がる。
 健二の声は穏やかで、きっとまだ話をしてくれると分かる。それに縋るように、佳主馬は部屋の扉を閉めると、再び口を開いたのだった。






ノーマルでもよかったのですが、将来はカズケンって妄想で書いていたので一応こっちに。
この時点ではうちの原作前提での、健二信者の佳主馬ですね(笑)
よいクリスマスを!