悩みの尽きないお年頃



 私には、最近悩みがある。
「どうしたの、変な顔して」
「…別にー」
 その悩みを静かに考える場所を探して、立ち上がった。今ばかりは大人に心配されても煩わしいだけだ。
「お、なんだよ。真面目な顔しちゃってさ」
 廊下に出た途端かかった声はさらに余計な子供の声で、思わず顔をしかめる。
「そうそう。あ、今ならアイスあったぜ」
 くだらない、と無視をしてもよかったが、足は勝手に台所へと向かっていた。
 悩むことはあるが、夕飯まであと少し。ちょっと何かを食べたい時間帯だ。
 台所は少し慌しい空気だったが、そっと冷凍庫に近づき扉をあける。
(う)
 食べ飽きたソーダ味のアイス。しかしその隣に、コーン付きのアイスもある。
(やった)
 喜んで手を伸ばすが、それはなんとガッカリすることに空っぽだった。
(あいつら…!)
 ぐしゃっと冷えている箱をつぶして、そばのゴミ箱へ思い切りなげいれる。
「こら、行儀悪い」
「ごめんなさーい」
 謝るだけ謝って、再び廊下にもどる。
 私には今悩みがある。悩みがあるのにアイスが無い。
 更に苛々するのは何故なのか。
「バニラアイス食べたいっ」
「うわっ」
 ビックリした声がすぐそばから聞こえ、あけっぱなしになっている部屋の中をのぞくと、そこには見慣れた親戚ではない唯一の人物が居た。
 その手にあるのは、まだ食べていないアイスだ。
「……」
「た、べる?」
 差し出されたそれに首を振る。
「あ、えっと。いいんだよ、遠慮しないで」
「いらない」
 ぶすっとした声が出てしまった。
 私には今悩みがある。アイスも無い。欲しいけれど、このアイスはもらえない。
「健二さん、さっきの――」
 今度は日焼けをしている親戚が、入ってきた。
 その手には携帯と、健二が持っているのと同じアイスがあった。電話がかかってきていたのか、その袋は空いていない。
「バニラアイス!」
「ああ。食べる?」
「うん」
 頷くと、健二が情けない声をあげる。
「な、なんでっ。僕の食べていいのに」
「健二のは駄目」
「えええ」
 バリバリっとあけて、さっそくパクつく。若干解け始めていたが、それでもその味に満足する。
「あ、いたいた」
 その時だ。もう一人、帰国したばかりの人物がその場所に入ってきたのは。
 その人物は、私を目指してまっすぐ近寄ってきた。
「何か、悩みがあるんだって?」
「え」
「お母さん心配してたよ」
 まさしく夏のすがすがしい空のように、まぶしい笑顔。
 私の憧れでもあるお姉さん。強くて優しくて、格好いい。
「……別に」
「別にって顔じゃないじゃない」
 あっさりと笑われて、私はチラリと健二の顔を見た。
 別に隠しているわけじゃない。そう自分に言い聞かす。
 だが、何を思ったのか目の前に居る憧れの女性は慌てて私に止めに入った。
「ああああ、ご、ごめんっ。いいよ、ここで言わなくてっ」
「……」
 そして同時に、格好よく育った兄のような存在が、少しだけ動揺するように瞳を揺らし、健二の顔を見た。
 健二だけが不思議そうに首をかしげている。
 まぁいいや、と私が口を開こうとした瞬間。
「飯だってよー」
「真緒ーっ」
「健二はさ」
 逆側から、先ほどアイスの偽情報を寄越した真悟と祐平。逆から母親が入ってくる。
「真緒のせいで、ホモになっちゃったの?」
「……」
「……」
 その場にいた全員の、動きが止まった。
 一番最初に、驚愕のまま動揺した視線を動かしたのは、憧れの――夏希ねぇと佳主馬にぃだった。
「健二、くん…?」
「健二さん…?」
 二人の反応の意味が分からず首をかしげると、続いて真悟と祐平がつかみかかるように叫んだ。
「お前! 真緒に何したんだよっ」
「変態っ」
 そこでようやく健二は我に返ったようだ。
「え、えええっ、いや、なんで! なんで!」
 数日前のことだ。この屋敷で、全員を驚かす事実が公表されたのは。
 夏希と付き合っていたはずの健二はとっくに別れており、なんと佳主馬という同性とつきあっているというのだ。
 その事実を聞いて一番最初に思ったのは。
「はい、ちょっとまった」
 母親は、さすがに母親だった。
「はいはい。ちょっとあんたら興奮しすぎ。真緒、もうちょっとハッキリいいなさい」
「…私が、キズモノにしちゃったからかなって」
 皆の顔に「?」が浮かぶが、母親はさらに続けて聞いてくる。
「あんたが? 健二くんを?」
「うん」
 言い難いが、小さく口にする。
「昔、崖から落としちゃったとき」
「あ」
「ああ」
「あれか」
「?」
 夏希は分からなかったが、皆がああと頷いた後――佳主馬は腹をかかえ珍しく押し殺したように笑いだし、典子は楽しそうに笑い声をあげた。大人二人は笑いのツボに入ったのか、笑い止む気配はない。
 当の健二は、顔を真っ赤にしている。
「あ、あのね」
「…何」
「そ、れは、えっと、真緒ちゃんのせいじゃないから気にしないで」
「じゃーなんで、健二ホモになったんだよ」
「こら!」
 典子が相変わらずの子供二人にしかる声をあげる。
 その声を聞きながら、私のせいじゃないんだという言葉を、私はゆっくりとかみ締める。
 赤い顔で頭を抱えたまま、情けない顔で健二はそっと教えてくれた。
「…佳主馬くんを好きになったから」
「それだけ?」
 同じように内緒話で応える。
「それだけ。十分すぎるよ」
 少し情けない顔だったけれど、その表情に、私はとても満足し、気持ちが軽くなっていくのを確かに感じる。
「そういや、健二くんを婿にもらってもいいって言ってたわねぇ」
 注意をし終えた典子が、にやりと笑う。健二はビクっと体を震わせた。
「いえいえいえ、真緒ちゃん優しいから。ね、あははは」
「そんなことないけど、んー…そうだなぁ。健二優しいし、振られてどうしようもなくなったら、最後面倒みてあげてもいいよ」
「……アリガトウゴザイマス」
 母親には爆笑され、何故か夏希にすら噴出されたことに納得がいかず、私は少しだけ首をかしげたのだった。
 





真緒ちゃんのその後をどーしても書きたかったのです(笑)最初はちょっと敢えて名前を隠した感じで。読みにくくてすみません。
オフ本で流れを考えていたとき、間の息抜きに、絶対真緒の「お婿に貰ってあげる!」は入れたかったのですが、きっとそれを覚えていたらこうなったんじゃ…。
みたいな妄想でした。笑。


てか、この話の二人、しょっちゅうお互い「好き」「好き」言い合ってますよ、ね。
…あああああ!(ゴロンゴロン)←恥ずかしくなってきた