きみの背中に全力アタック! B



 読んでいた数学雑誌から顔をあげ、健二は台所へと向かった。
 台所へ健二が自ら進んで入る理由。その目的はコーヒーだ。
 幾つくらいの時からか、健二はこの苦味のある濃い液体を常飲するようになっていた。
(手軽にいれれるのが、またいいんだよなぁ)
 インスタントコーヒーを適当に振りいれ、お湯を注ぐ。
 味にこだわりがないからかもしれないが、この手軽さが本当に素晴らしいと健二は常々思っている。
 暖かいカップを持ち部屋に戻ると、ふと携帯電話が視界にはいった。思わず健二の顔に笑みが漏れる。
(佳主馬くん)
 夏に出来た年下の友人。今朝は、その母親である聖美からメールが届いた。
『健二くんの影響みたい』
 画面の向こうで、絶対に聖美は笑っている気がするが、健二もその気持ちは非常に分かる。
 メールには添付されていた写真は、佳主馬がコーヒーを飲んでいる写真だった。
 あの日、アイスコーヒーを薬のように飲み干していた姿を思い出す。
(佐久間だって、ミルクなしじゃ飲めないんだから、気にしなくったっていいのに)
 けれども、佳主馬のそういった姿はとてもかわいいと思う。そういったことを気にする気持ちは自分も経験したが、同じようなことをあの佳主馬がしていると思うと、よりそう思わずにはいられない。
(いやいやいや! 心配もしてるんだって)
 わざわざ敢えて飲む必要はないものだと思っている。しかも突然ブラックで飲むだなんて。
 健二は数学雑誌に手を伸ばす前に、携帯を持った。
 画面を開き、数秒迷ってからメールを打つ。
『コーヒーを見ると、佳主馬くんを思い出すよ』
(うーん、われながら…)
 つまらない内容だが、しょうがない。
 それに思い出す機会は、本当はもっと沢山ある。前までは日本の地理を聞いても何も響きはしなかったが、今は長野といえばあの親族が浮かぶし、新潟といえば万助が浮かぶ。
 名古屋と聞けば、そしてキング・カズマを見れば、少林寺拳法と聞けば。
(広がっていくんだなぁ)
 考えている間に送信ボタンを押してしまっていたようで、突然電子音が鳴り響いた。
 電話だ。
「もしもし?」
「健二さん! もしかして朝、写真っ! あれ本当にまさかっ」
 佳主馬の動揺している声がおかしくて、耐え切れず思わず噴出してしまう。
「っ!」
 衝撃を受けたように相手が息を呑む声に、健二はあわてて言葉を続ける。
「ち、違うよ。あれが無くても、夏に一緒に飲んだから…」
「……本当に」
「本当だよ。それに、そう。佐久間もミルクなしじゃないと飲めないし」
 せっかくの機会だと、ブラックで飲む必要はないのだとアピールをしてみる。
「……健二さんは?」
「え。僕はブラックだけど」
「ならブラックでいいよ」
「えええっいや、あのでも佐久間はねっ」
 何故か逆にブラックを決断されてしまい、慌てて言葉を繋げようと言い募る。
「あ! そ、それに、僕も冬はたまにミルク入れるしっ」
「……」
「寒い時はいいよね。ただ面倒だからさ」
「は? 面倒ってミルク入れるだけで?」
「うち買い置きないから」
「ああ、」
 佳主馬がそこで言いかけて言葉をとめる。間違いなくその続きは分かる。
「…佳主馬くん、今、だから細いんだとか思ったでしょ」
「別に。健二さんはもう伸びないでよ」
「えええ! 何それ」
 話ながら健二は一口飲む。その味は、まったく違うはずなのに、何故か上田で飲んだあの日の味を思い出す。
「本当、色々大変なんだから…」
「そ、そうなの?」
「こっちの話」
 佳主馬は至極真面目な声で頷いた。
 その言葉の意味を、健二が知る日が来るのかは、まだ誰も知らない。






てか、これここで終わる予定だったけど、なんか続きそうな雰囲気ですね。
続く…のかな?笑。


++追記++

そしてピカイチ少年のよる様から素敵貰い物を…! ふぁー!!!なんか口から出そうっ。可愛い…っ(ダン
結構応援も頂いたので、きっと続くと思います。あありがとうございます。
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