きみの背中に全力アタック! A



「佳主馬ーあんた何飲む?」
 聖美は佳主馬に背中を向けつつ、口癖のように声をかけた。
 佳主馬のバリエーションなどほとんどない。牛乳か麦茶。どちらも常に池沢家に常備されているものだった。
「コーヒー」
「牛乳は冷蔵――…こーひー?」
「コーヒー」
 佳主馬はもう一度繰り返し、テーブルの定位置腰掛ける。
 焼きたてで置かれていたトーストをかじると、呆然としている母親の視線を感じたのか顔をあげた。
 聖美はそこで我に返り、一応言われた通り、旦那と同じ分量でインスタントコーヒーをいれてテーブルに置く。なんとなく冷蔵庫から牛乳も取り出して一緒に置いた。
 佳主馬は迷わず、何も居れずそのカップを取る。
「あ」
 聖美は思わず声を出す。一瞬佳主馬の眉が動いた気がしたが、それでも佳主馬は普通にそれを二口ほど飲む。
「……何?」
 改まって聞かれると何を答えていいのか分からず、とりあえず聖美は口に馴染んだ言葉を出してみる。
「…ブラックは、胃にあんまりよくないわよ?」
「それ、もう何度も聞いてる」
 父親へいつもいっている言葉だと、佳主馬は頷く。
「次は牛乳入れるからいいよ。毎日飲むわけじゃないし」
「あら、そう…」
「うん」
 聖美はようやく、呆けていた各種回線がつながり始める。
「そう、そう。あら。あらぁ。へー。あんたがコーヒーねぇ」
「……」
 佳主馬はそれ以上口を開かなかった。
 昨日、久しぶりに健二と音声チャットで会話をした。
 朝起きて、なんとなく夢だったような気はしたがログはちゃんと残っていた。
 佳主馬はもう一口苦いコーヒーを飲む。
 その苦い中に、どこか健二とのつながりを細いけれども感じるのは何故なのか。
(本当、単純に出来てる)
 その後に思いなおす。
(あの人は、本当僕を単純にさせる)
 久しぶりと、少し嬉しそうに聞こえた声だとか。終わりの時間を寂しそうにつげた声だとか――。
 カシャっと音がして突然佳主馬の視界が光る。
「ちょっと」
 その正体は視線をあげてすぐに分かった。聖美が携帯のカメラを自分に向けている。
「ほら、記念にと思って。知らせなきゃ」
「誰に」
 いきなり写真をとられたこともあり、佳主馬は不快から眉を寄せた。
 基本的に幾らうるさく母親に文句をいった所でかなわないことは分かっている。いるが。
「小磯くん」
「うわーーーーーー!」
 悲鳴をあげてしまったのは、しょうがないと思いたかった。




NEXT 


佳主馬、可愛いよね…
ラストの「うわーっ」の悲鳴も本当可愛い。コーヒーは分かりやすい背伸びのサインに見えてたまらないッス。