退屈は最大の敵



「ねぇ佐久間…」
「んだよ」
「僕さ、変態かもしれない」
「ぶはーっ!」
 盛大にオレンジジュースを吐き出した佐久間は、拭うこともしないまま、隣で顔覆っている友人を見た。
 暫く無言で見つめるが、健二が僅かも動く気がないと理解してからゆっくりと問いかける。
「ガチで?」
「ガチで」
「……」
 ひとまず、佐久間は眼鏡についたオレンジジュースを拭い、かけなおしてから健二をもう一度見る。
 ああ、今日は水曜日だ。
「お前、明日のテストやったか?」
「え、何それ。スルー?」
「…スルーしたくもなるだろ。俺の心情も考えろ!」
「じゃあ俺の心情も考えてよ!」
「考えられるかっ」
 つかみ合う勢いで叫びあった二人だが、先にため息をついて手を離したのは健二だった。
 そしてまた最初のポーズに戻る。
「……わかった。分かったよ。で、なんでお前が変態なんだ」
「…言いたくない」
「おい!」
「いや、別にいいんだ。佐久間に軽蔑されたっていいんだけど、そうじゃなくて」
「…お前本当混乱してんだな」
 この友人が自分だからこそ、こうしてポンポンとした物言いが出来ることは知っている。
 それでもこれだけ出るということは、今よほど混乱しているということなのだ。
「で、きっかけはなんだ」
「……この夏」
 この夏と言えば。自分達――地味な草食系は、非常に珍しく、非日常的な出来事を経験をした。
 世界の危機。その現場に立ち会っただけではなく、自分達は立ち向かったのだ。それに。
「…抱きつかれたんだ」
 健二のその一言に、佐久間はピンとくる。
 この夏、ハッキリと追及はしないままだったが、この学校でこれ以上ない程有名な夏希と、健二は仲良くなっていた。
(その時の話かよ)
 なんだ、と少し力を抜きつつ、にやにやとした笑顔で小突く。
「なんだ。いい話じゃねぇの」
「…抱きつかれて、泣かれたんだ。最後の日」
「ほーほー」
「…純粋に、別れを惜しまれたんだと思うんだけど、その顔見てたら――すっごくムラっときた」
「へぇぇぇぇぇ、お前が」
 この友人から『ムラっときた』という単語が出る日がくるとはと、素直に佐久間は目を丸くする。
 友人の顔は両手で覆われ相変わらず見えないが、どうやらそれが非常にショックだったらしい。
「いいんじゃねぇの。泣き顔が好きな趣味のやつも居るだろ? 世界は広いって」
 変態、とまではいかねぇよと笑えば、驚く程鋭い視線を向けられた。
「うおっ」
「違うよ、そこじゃない」
「へ?」
 健二はドンと机を叩いた。
「だって、抱きつかれてムラってきたんだよ!」
「はぁ? 普通だろ、そんなん」
「普通? 普通なの、これ? 本当にっ」
 鬼気迫る勢いの健二に、佐久間は思わず少し後ろに下がる。
「だって、自分よりも小さいのに」
「いや、そりゃ世の中そんなもんだろ」
「細いし。壊れそうだし」
「お前も十分細いだろ」
 夏希は痩せすぎ、という体型ではなかったはずだとぼんやり思い浮かべる。
「僕以上だよ」
「はぁ?」
 佐久間はようやく気づき始める。もしかして、という可能性に。
「…ちなみに、健二さん」
「何」
「それ、夏希先輩の話?」
「え? なんで」
「……」
 佐久間はつっぷしたくなる。そうなるとだ。
 そうなると、佐久間が思いつく人物は、あと一人しかいない。健二より確かに小さくて、細い。そして、確かにそれならば変態と、世の中的には言われるかもしれない人物。
「……お前、まさか――キング、か」
「だからさっきから言ってるじゃん!」
「言ってねぇよっ。言ってねぇだろうがぁぁぁぁっ」
 バンと側にあった教科書で健二の頭を殴る。
「だって、普段あんなにしっかりしてるし、気が強いのに、最後の日にさいきなりボロって泣いたと思ったら、悔しそうな顔をしながらもしがみ付いてくるんだよっ!? でわんわん泣くんだよねぇ何あの可愛い生き物僕初めてみたんだけどっっ」
「落ち着け、落ち着けっ」
 かつて無いほど饒舌になる健二に、再び佐久間は叫ぶ。
 我にかえったのか、ストンと健二が椅子に座りなおす。
 外では、野球部が練習をしており掛け声がここまで聞こえてくる。それを暫く堪能したあと、佐久間は一言つげた。
「…ま、ガンバレ」
「何だよそれ!」
「や、うん、まー良く考えたら俺には関係ねぇし」
「う」
「まぁどっちがどっちになろうが、俺は祝福しとくよ。はははは」
「はぁ!? もう二度と会えないよ…」
「…いや、それはねぇだろ」
「会いたくない…」
「お前なぁ」
 そういえば、自分の友人は、根が酷く真面目だったんだと思い出す。
(しかし、こいつがねぇ…)
「あ、キングっ」
 ガタっと健二が立ち上がる。その後、東京に居るわけがないと気づいたのか、佐久間をジロリと睨む。
「いやほら、画面」
「ひっ」
 健二の前の画面には、OZでこれ以上ないほどの有名人――キング・カズマが映っていた。
 健二は慌てて、画面に放置していた自分のアバターが、その手に捕まえる前に逃げようと動かすが、僅かの差で間に合わなかった。
『健二さん?』
 アバター越しに声だけが聞こえる。その声は酷く固い。
「さ、佐久間代わりに喋ってよ」
「は? 出来るかよ」
 小声で話されるがその背中をドンと叩く。
「あ、ひ、久しぶり」
「…うん。久しぶり、だよね。最近忙しかった?」
「あ、そ、そう。なんか、ドタバタしててさ!」
「本当に?」
 疑うような声に、佐久間は小さく息を吐く。
 多分健二のことだ。明らかに避けるような動作をずっとしていたのだろう。
 佐久間は動揺しまくっている友人の声を聞きながら、そっくり返って青い空を見上げる。夏は終わったとはいえ、空はまだまだ綺麗な色に輝いている。
(まぁなんていうか、あれだ)
 ひとまず友人が変態でもいい。自分には何の関係もない。
 友人の変態的な気持ちがどう転ぶかは分からないが、当分話題にはことかかないだろう、とだけ理解する。
(ま、でも執着はされてんじゃねぇの)
 わざわざ探して、追っかけて、捕まえてきたのだから。
 あくびを一つしてから、佐久間は伸びをして自分のPC画面に向かい合う。
 何事も近い距離で、だが無関係で居られる時が一番面白い。
(どっちに転んでも、応援はしてやるさ)
 面白いことには間違いのだから、と佐久間はOZのバイトへと戻っていったのであった。







タイトルは佐久間の心から(笑)
あれ。なんか地味に佐久間の登場が最近続いている…