きみに当たる光を願う



 佐久間敬には不思議な友人が居る。
(本当、退屈しねぇなぁ)
 パンを齧りながら、佐久間は幾つかの画面を使い、気なる情報を集めていく。情報収集は暇つぶしには最適だ。
「はい、お茶」
「おーサンキュー」
「無理矢理買いにいかしたんだろ」
「だから礼をいってんじゃん」
 にやにやと笑うと、不思議な友人――こと小磯健二は、ため息をついて座った。ぶつぶつと小さい声で何かを言いつつも、彼がいつも使っているパソコンから、自分と同じOZの管理画面へログインをする。
 自分達は、かなり長い時間をこうして横に並んで過ごす。
 部活動もバイトも、便利なことにこの前で全てが出来てしまう。この便利さがいけないと分かりつつ癖になってしまう。
 佐久間が一番最初に健二と出会ったのは、この高校に入ってからだった。
 姉には散々オタクくさいからやめろといわれたが、物理部に入ったのは先輩が幽霊部員だったことと、部室が非常に快適なつくりで、で好みだったことだ。
 運動部の暑苦しさにも、人数の多い場所ももううんざりだった。それに煩いのは、家とクラスだけで十分だ。
 物理を好む人間など、世の中に多くないことは知っている。
 だから、最初この部屋に佐久間は一人だった。入部届けを出し、幽霊部員の部長から簡単な説明と鍵を貰い、早速素晴らしい城を手に入れたと思った日。
 扉がそっと開いた。
 ちょうどその時佐久間は扉の前に立っていたため、運が悪いことに思い切りそれが背中にぶつかった。
「いてぇっ」
「ひっ、す、すすすすすみませんっ」
「や、別にそこまで謝らないでもよくね?」
「いやだって、その」
 そして彼はじっと自分を見た。その目を見返し思ったことは。
「…とろそ」
「悪かったね」
 思わず、その時思ってはいたが口にしなかった言葉が今佐久間の口からもれ、現在となりに居る友人が怒ったように言う。
 その顔に苦笑いをしつつ、佐久間は暖かい飲み物を開けた。
 年内の買い物当番は、今年の夏にあった大事件の借りとして、健二が引き受けることになっている。
 といっても、今日のは突発だが、彼がこうして怒っていると、何故か自分は楽しくなってしまう。
(そう、最初はただのドンくさい静かなヤツって程度だったんだよな)
 けれど、話をしていて、彼が結構パソコンも好きで、物理も数学も好んでいて、好きなことには少し饒舌になるが、基本は話を聞いてくれるタイプだったことが分かり、それは佐久間にとってとても過ごしやすいことだった。
 調子に乗り、彼の家に遊びにいかせてもらったのは忘れもしないゴールデンウィークのとある一日だった。
 自分達は暇をもてあまし、結局学校に来ていたのだが、ふと思いついて『お宅訪問ー!』と健二の家に押しかけることにしたのだ。
 健二は「詰まらないよ」といっただけで、過剰に否定することもなく、普通に案内をしてくれた。
(本当、甘かった)
 そしてたどり着いた、彼の家。
 そのマンションの一室には、佐久間からするとビックリするくらい何も無かった。
 物がとにかく、少ないのだ。
「は? 何モデルルームかよっ」
「そんな立派なわけないじゃん。父親は単身赴任だし、母親は出張ばっかだから。片付けやすいだけ」
「へ、へぇ」
 一人暮らしに憧れるといっても、そこは完全に無音だった。
 一室ではない。
 家族用に作られている部屋が、家が、無音なのだ。
(あ、れ)
 何故か佐久間はその空気に圧倒される。
 更に健二が自室に案内をしてくれた時に、硬直した。
(んだ、これ……)
 そこに散らばっていたのは、沢山の紙だった。
「あ−! そうだ。昨晩計算したまんまだったんだ…」
 はぁとため息をついて、健二が拾い始める。それを佐久間は止めた。
「お、前。それ書いたの?」
「え。うん」
「……」
 佐久間は呆けた後、問答無用で健二のパソコンを借りた。この頃からアングラだってなんだってお手の物だ。
 マニアックな数学版から、難しそうな問題を拾い勝手にプリントアウトして突きつけた。
「え」
「解いてみろよ」
 途端に、健二は吸い寄せられるように数字を見た。
 その目は、既に自分を映していない。吸い寄せられるように数字を見入り、普段は見ることの出来ないような真剣な色。
(あ)
 佐久間はその変化を目の当たりにし――言葉を完全に失った。健二が物凄い勢いで、紙に数字を書き始める。
 時たま止まることもあるが、その速度は半端ない。
 何よりも佐久間を驚かせたことは、何か式の走り書きや、計算途中の数字のメモはされても、計算自体は全て頭の中で行われているということだ。
 ドンくさいと思っていた友人は、ただのドンくさいだけの人物ではなかった。
 なかったのだが。
(…なんだよ、こいつ)
 誰もいないこのガランとした家で。
 夜中に、一人で問題を解いていたという。
 小さく正座をして丸まった姿。
 小さな世界に没頭している姿。
 カリカリカリカリと、響く音。それが力強く、響けは響くほど――。
「佐久間?」
 再び回想にふけっていた佐久間は、キータッチが止まり、かけられた声に我にかえった。
「どうしたの。今日、本格的に変だよ」
「そうか?」
「変だって。なんか。上手く言えないけど」
「お前に心配される日が来るとはなぁ」
「何言ってんだよ。同い年の癖に」
「ぶぶー。俺の方が僅かに年上でーす」
「うるさいな」
 彼は、今好んでこの部室に居る。そしてこの夏、その天才的な力でこの世界を救った。
(それが、俺はとてつもなく嬉しいといったら、お前はそれを理解できるか)
 それは多分ノーだ。
 自分が、あの夏泊り込んでまで付き合った理由を、きっとまだ彼はわからないだろう。
 自分達は友人だ。だが、自分にとってただのクラスメイトと健二は違う。
 人を思うことも、付き合うことも苦手な健二には、きっとまだこの違いは分かるまい。
(同い年だけれども、偉そうにも願いたくなるさ)
 お前が幸せであれ。
 勇気も無く、ドンくさいお前だけれど、幸せになればいい。
(飲み物を買ったついでに、先輩に差し入れを持っていけるくらいは、頭も使えるようになれよ)
 はぁと今日も佐久間は小さく息を吐く。
「あ、佐久間」
「あんだ?」
「これ、佐久間に昔もらったアイテムだ」
 へらりと、健二が画面をさして笑う。
 それはあのゴールデンウィークのときに、健二にあげたお下がりのOZアイテムだ。
「これ貰ったとき、嬉しかったんだよなぁ」
 懐かしそうに、そんな小さなことで心底嬉しそうに呟いて笑うから。
 佐久間は結局苦笑いをし、やはり思ってしまう。同い年の友人に対して思わずにはいられないのだ。
(本当に、お前の幸せを願うさ)
 さっさと、婿にでもいっちまえ。
 それで、もし彼が寂しくなくなるというのならば。幸せになるというのならば。
(馬鹿みたいだって。お前が幸せにならないと、俺も寝覚めが悪いなんて)
 そんなことを思いながら、今日も佐久間はキーボードを軽快に打った。

 ちなみに、最近の主な情報収集対象は専らOZの大事件解明――世界を救った一団を突き止める情報達で。
 いつか、皆が。こちらからは名前も何も知らない不特定多数の人間が、健二の名前を突き止める日がくればいいと、悪戯心半分で思う。
 彼がどこにいっても、名前を誰かに呼ばれている状況は、きっと、酷く楽しい気がした。








佐久間を色々捏造してるNE☆
オフでも色々佐久間を登場させてしまったのですが、彼は本当いいよ。いいキャラだよ…!ガチで!