僕が幸せだと思う理由



 五月にある大型連休を、人はゴールデンウィークと呼ぶ。

「はぁ」
「なんだ、誕生日直前だってのに暗いな」
「…誕生日だからだよ」
 健二は見慣れた佐久間の薄いアバターに向かって、力なく返答をした。
 夏休みが終わり、健二達のOZでのバイトは終わるはずだったが、あのトラブルによりOZ内での作業が格段に増え、臨時の下っ端の下っ端の下っ端達は、下っ端の下っ端の下っ端の下っ端程度としてそのまま残ることになり、もう半年以上。
 今も、この連休明けから新しくなる作業内容の資料について、佐久間と幾つか確認し合っていたところだった。
「何言ってんだよ。今年こそは、お前祝日でよかっただろ」
 にやにやと笑いながら、佐久間のアバターが黄色いリスの周りをぐるぐると回る。
 あのトラブルがあったことや、愛着がわいてしまったことから、結局健二は黄色いリスのアバターを続行して使用することに決めていた。
「……先輩、家の用事でさこっちにいないんだ」
「は?」
「まぁ今まで通りといえば、今まで通りだからいいんだけどさ」
「あー…明日、OZのイベントがあるじゃん。お前も観にいくか?」
「いいよ」
 佐久間がそのイベントを楽しみにしていたことは知っている。
 プログラムにも興味が深い彼と同じテンションで、更にあわよくばナンパを狙っている佐久間と出かけるほどの元気は完全に健二はない。
 その申し出を断り、例年と同じなのだからと健二はため息をついてから、気持ちを切り替えた。
「代わりに、今年も期待したいんだけど」
「おーまかせとけよ」
 お互い画面越しにニヤリと笑う。
 佐久間は毎年「数学バカ」の友人のために、誕生日プレゼントとしてネットのどこからか問題を拾ってきてくれる。
 海外の雑誌からだったり、論文からだったり。
 それは、健二にとっては最高のプレゼントでもあった。
 お互いその後ネットから落ち、健二は誰も居ない家で一人風呂に入る。風呂上り、そのまま少しだけ家の中を掃除するのはもはや習慣だ。
 髪を乾かしたところで、携帯がチカチカと光っている。
 メールは二件。
「お、おわっ!」
 開いた瞬間、健二は思わず携帯を放り投げる。メールの一通目は夏希からだった。
 離れたところにガシャンと落ちた携帯を慌てて今度は拾い上げる。
 壊れていない。
 それを確認してから、床の上に正座をし深呼吸を数度繰り返す。
 メール受信時間は、12時ジャスト。日付の変わった瞬間。ばっと部屋の時計を見ると、今は『今日』になって三十分が過ぎている。
 震える指でメールを開く。
『健二くん、誕生日おめでとうっ』
 きらきらとした背景に文字で、華やかに書かれている。
(先輩…!)
 それを見るだけで、健二は今日という日がとても素晴らしい日であるような錯覚を起こす。
『直接お祝いできなくてごめんね。明日遅くなるけど、行けたら遊びにいってもいいかな?』
 誕生日に夏希に会えるかもしれない。
 そんな素晴らしいことがあっていいのだろうか。
『有難うございます』
 そう打った後の続きに迷う。物凄い嬉しい。嬉しいけれど、なんと返信をするべきか。
 ようやくメールもこまめに送れるようになったが、結局自分は夏希の前向きな感情にいつも励まされている気がする。
(誕生日、くらい)
 健二はゴクリと喉を鳴らす。
『物凄い、嬉しいです。来年の』
 一瞬指が震えるが、えいやと打つ。
『先輩の誕生日は、一緒にお祝いしたいです』
 これ以上考えたらまずいと、読み返す前に送信ボタンを押す。そしてはーっと長い息を吐いた。
 そのままなんとなく、次のメールを開いて健二は違う意味で硬直した。
 来た。
 すっと、健二の頭がクリアになる。立ち上がり、部屋に駆け込む。
 鞄の中から乱暴に取り出したのは、使い慣れているシャーペンとノートだ。
 メールの差出人は佐久間。一問目とタイトルにあることから、今回は何問かくれるつもりなのだろう。
 こうして健二の誕生は、まず夏希と数学の問題から始まったのであった。


 ピンポーン。
「は」
 健二が覚醒したのは、明らかに誰かが自分を呼んでいる音でだった。
 昨晩結局朝方までその問題と格闘し、一度内容につまり台所に飲み物を取りに行ったのだが、そこで閃きリビングで気づいたら紙を広げ、更に寝てしまっていたようだった。
 慌てて健二は玄関へと走る。
 母親は連休中もずっと出張だ。呼び出し音に出るのは自分しかいない。
 頭を少しなでつけつつ、パジャマ姿のまま宅急便だろうかと扉をあけて、健二は硬直した。
「へ」
 そしてパーンという派手な音。
 健二の頭にかかる紙のテープ。
「おはよう。そして誕生日、おめでとう」
 そこに立っていたのは、何故か理一とそして佳主馬という組み合わせだった。
「…朝方までやってたの? 解けた?」
「え、え」
 佳主馬がにやりと笑う。何故それを知っているのか。
 色々な考えが浮かぶが、はっとする。
「なんで、え! いや、二人が…え、えっ、あ、まず中! いてっ」
「落ち着きなよ」
 初めてあの納戸で聞いたときよりは幾分優しく――だが、多分に呆れを含んだ声で佳主馬が言う。
「そうそう。時間はまだあるからね。まずはドッキリ成功ってことで」
 
 世間では楽しいゴールデンウィークも後半戦。
 しかし、まだ、健二の誕生日は始まったばかりであった。



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後半に続く


健二さんの誕生日が公式で出ていなかったと信じたい…
あの時点で誕生日がきていれば、いいんだよ、ね?