年頃の女の子



「けーんじくーん」
「う、うわぁ、うぐっ!」
 真夜中だ。突然スパンと勢いよく開けられた障子に、飛び込んできた声――そして、腹に落ちてきた衝撃に、健二はよく分からない声を出した。
 状況把握まで数秒。
 目の前にいるのは夏希。薄い陣内家夏用の布団越しとはいえ、自分の腹の上辺りに乗っている。そして楽しそうにくふくふと笑っている。
「え、えええええええ」
 と本来であれば、悲鳴をあげたかったが夏希に体当たり宜しく抱きつかれてそれは逆に飲み込まれた。
「う、ぐ…っ」
 もともと寝ているとはいえ、倒れて意識を失いそうになるが、健二は辛うじて現状を冷静に把握することに成功した。
 人間、驚きもすぎると頭のどこかが冷静になってくれるものだ。
 しかし、分かったことと言えば、かろうじて夏希の様子がいつもと違うことだけだ。
「せ、んぱい?」
 夏希は、普段積極的に見せても恥じらいがある。当然、今まで真夜中こんな風に飛び込んでくることなどなかった。
 ――自分達が、世間一般でいう『恋人』関係に近いものにあったとしても。
(…うう)
 情けないことに、それが堂々と断言できないのは、健二自身のふがいなさのせいだ。
 多分つきあっている。多分、そんな関係。だけれど、上手く関係を進めることができないのは、健二のふがいなさだ。
「健二くん、もー寝てたのぉ?」
 すぐ側にある顔はほんのり赤い。
(お、酒?)
 少し離れた居間では、まだ宴会が続いている。今夜は8月1日。
 一周忌でもあるが、皆は夜ばかりは栄の誕生日として過ごしている。健二が知らない親戚達も続々集まり、女性陣の半数は健二と一緒に引いていたが、そういえば夏希はまだ残っていた気がする。
(…侘助さんも、いたし)
 未だに侘助に夏希は懐いている。その姿を見るのは、正直しんどい。
(情けない、なぁ)
 そんな風な考えにとらわれそうになった時、夏希に手首を掴まれた。
「え」
 そしてそのまま手を持っていかれ感じたのは柔らかい感触。
(ん?)
 冷静になんだろう、と考えることこれまた数秒。そして弾けるように理解した。
 それは、間違いなく夏希の胸だ。
「小さい?」
 健二はその問いの根本は理解できず、ただその言葉に対して首を横にぶんぶんと振った。
「い、いえいえいえいえ!」
 悲鳴のような声をあげると、夏希が照れたように笑う。
「せ、んぱ…」
「キスして」
「え」
「キス」
 じっと見つめられてから目を閉じられてしまえば、ふらふらと吸い寄せられるように健二は片手で夏希の顔を支えて、ぎこちないながらも口付けた。
 心臓はいつも触れるたびに、口から飛び出そうになる。
 どこか遠くで、楽しそうな笑い声が聞こえる気がする。
(っ)
 片手を動かした瞬間、胸を触ったままだったことに健二は気付く。慌てて引こうとするが夏希が体重をかけてその手をはさんでしまう。
「触っていいのにー」
 けらけらと夏希は笑い、健二は――夏希を抱きしめた。
「…ごめんなさい、先輩」
「え」
「僕がふがいなくて」
「えー何がぁ」
「…先輩、じゃなくて、夏希さん、酔って無」
 言いかけた瞬間、目の前で夏希の顔は、更に真っ赤になりそしてバコンと頭を殴られた。
「な、んで、言うかなぁ!」
「え、あ、え」
「馬鹿馬鹿馬鹿っ」
「え、いや、ちょ、夏希っ」
 『先輩』、か『さん』、と続けるはずだったが、不自然にそこで切れた。
 その瞬間、夏希の動きが止まる。その顔が、まだこれ以上があったのかというほどみるみるうちに真っ赤に染まる。
 ごくん、と健二は自分がつばを飲む音が響いた気がした。
(倒れそう)
 夏希は可愛い。
 本当に、可愛くて魅力的だ。
(僕が、情けなくて恥ずかしくたって、それはもう、今更なのに)
 健二は起き上がって、一瞬手を止めたが、それでもその手を伸ばし抱きしめた。
 勇気を振り絞り、そして自分の願望も含めて。
「…す、こしだけ触ってもいい、ですか」
「……うん」
 その頷く姿に、健二は胸が幸せで焼けそうだと思う。


 そうして、陣内家の夜はふけていったのであった。









進んでねー!