夏とナス  


 イルカは物をもらうことが苦手だった。
 人からもらったと思うと捨て難い。食べ物なら、腐らせる前に食べないといけない。
 だが一人身のイルカにとって、物を保管することも、それなりの量がある食料を腐らせないのも難しいことだった。
 だから、今日も顔は険しい。
 むしろいつも以上かもしれない。
 夕日を浴びながら歩くイルカの両腕には、零れ落ちそうなほどのナス。
 とある班が任務でもらったものをおすそ分け、というよりは押し付けられたのだが、元生徒がくれるとなれば嬉しくなってしまう親心。
「……馬鹿としか言いようがねぇよなぁ」
 それでも顔が緩んでしまう自分の馬鹿さに呆れつつも、このナスをどうするべきか迷ってしまう。
 イルカは男らしく、料理が苦手だった。たとえ1人暮らしだろうと、苦手なものは苦手だった。なんせ一番好きなものがラーメンなのだから。
「ミソつけて食うか。けど残りはなぁ…捨てる、のは嫌だし……」
 うーん、と唸ってもたいした案はでてこない。
「夏はいいですねぇ」
 いっそ埋めるか、なんて思った途端真後ろから聞こえた声に、思わず忍らしからぬ悲鳴をイルカはあげる。そのままナスも落としそうになるが、なんとかそれを堪える。しかし、声を発した相手をみて、イルカの動きは止まった。
「……カ、カカシ先生」
「はい。お疲れ様です。いいですね。ナス」
「は、はぁ」
 写輪眼のカカシ。
 最近知り合いになった、里の誇る上忍。
 いくら知り合いになったとはいえ、ただすれ違ったときに挨拶する程度の仲だ。わざわざこんな外で声をかけられる程親しいわけではない。
 だがカカシは一向に動く気配はなく、イルカが喋らず呆然としていると手にもっていた本を目の前でまくり始める。
(……な、何だ)
 そういえば、ナルトがいつもカカシは本を読んでいると言っていたな、とぼんやりと思い出す。
「お疲れ様です」
 妙な居心地の悪さを感じひとまず挨拶をして立ち去ってしまえ、とばかりに頭を下げて元の方向をむいて歩き出すが、同じようについてくる気配。
 振り返ると、本を読んだまま歩いているカカシがただ見えるだけだ。
「……」
 思わず歩くスピードをあげてみる。だが不自然なほど距離は縮まらない。
 遅くして、早くして、フェイントをかけるように歩いてみるが効果は無い。
(一体何なんだっ!?)
 軽くイルカの息が切れ始めたころ、イルカはようやく気がついた。
 上忍に対して失礼なのかもしれない。だがもしかして。
「…カ、カカシ先生」
「はい」
「ナ、ナス、いりますか……?」
 ふと、カカシの視線がイルカを捕らえる。
(ま、まずかったか!?やっぱり上忍はナスなんて…)
「ありがとうございます」
「え」
「やーやっぱり夏はナスですよね」
「そ、そうですよね!!」
 なんだか分からないがイルカは不自然な状態の意味が分かって、思わず嬉しさが溢れた声を出す。
 だが、カカシは一向に手をだす気配もなければ、取る気配もない。
「…?あの、とって下さっていいですよ」
 俺両手塞がってるんで、と言うとカカシはにこにこと笑う。
 その笑みに、本当にこの人って上忍なのか、と一瞬疑ってしまったりするが、そんな場合ではないとイルカは我に帰る。
「ミソつけて食べるんですか」
 一瞬何を言っているのか分からなかったが、自分が最初にいっていた言葉だと分かり一瞬にして顔に血が上る。
「あ、や…え、やっ」
「それも美味しいですよね〜でも蒸すのもいいと思うんですよ、ナス」
「あ、そ、そうですよねっ」
 いつもそんなわけじゃないんですよ、と自分でも訳の分からないことを口走りながらも、促されるままイルカは歩き出しカカシも今度は隣で歩く。
 元々近くで声をかけられたこともあり、あっという間にイルカの家につき、イルカは訳も分からないままカカシを家にあげ、恐れ多くも何故かカカシの手料理を頂いてしまった。しかも物凄い美味しさだ。
「じゃあ残りはまた今度」
 美味しさに感動しっぱなしだったイルカは、結局カカシの残した言葉の意味を上手く理解しないまま。
(カカシ先生って何ていい人なんだ…!)
 そんな気持ちで、満面の笑みで上忍を見送ったりしていた。