くすり4  


「…なんだこれ?」
 部屋を掃除していたら、ふと目にとまったのは白い錠剤だった。
 今日は久々に午前が休みで、イルカはたまった洗濯物やら、掃除にとりかかっていた。せっかくの休み。だけれど使われるのは所詮こんなことに対してだ。
 最近もう1人この部屋にくる人間が増えたものだから、掃除をする回数も必然的に増える。なのに、反対にその男に時間をとられて簡単な部屋の掃除すらままならない。だから、部屋はあっという間に、自分が仕事を持って帰ってくるせいもあるが、汚れていく。
 そう考えるとふつふつと八つ当たりのような怒りが込み上げてきたが、今は目の前にあるものが問題だ。
 拾ったそれは、薬だ。しかも痛み止めだとか、解熱剤とか、そんな可愛いものではない。
「媚薬かよ」
 自然と眉はより、声は低くなる。
 自分の家のタンスの隙間に何故こんなものが。と思いかけてイルカは首を振る。考えないでも理由はわかる。持ってきたのは絶対にあの男だ。
 イルカは突然掃除も何もかも面倒くさくなって、持っていた箒を投げ捨てベットに転がった。
 付き合っている同性の男。だけれど何を考えているのか、さっぱり分からないあの男。自分を見ては可愛いと言い、嘘をついても疑わずにこにこと頷き、何を言ってもへこたれない。全く持って訳が分からないのがあの男だ。
 そしてあげくは、昨夜の、突然の夜の訪問。そのくせ眠り薬。
 最初、昨夜の訪問自体夢かと思ったが、朝頭が痛く、部屋に残る眠り薬の香りにあの男が来たことを知った。
 起こしたわけでもなく、何をしにきたのか。相変わらずさっぱり分からないその行動。
「どうすっかなぁ、これ」
 ここでこの薬を破棄することは簡単だ。だけれど、里を思えば得策ではない。
 何故なら、媚薬を作る材料は結構高価だからだ。まだ使用できるというのならば、医療忍やら開発系を担当しているチームに持っていった方がいい。
「……はぁ」
 結局ため息をひとつついて、イルカはそれをポケットにつっこんだ。
 一度アカデミーの途中で薬を渡し行くかと考えながら。


「遅い」
 ゴロリ、と畳の上で寝返りを打ちながらイルカは呟いた。
 晩飯は食べた。お茶も飲んだ。持ち帰っていた仕事も終わった。今日はあの男が任務から帰ってくる日で、もう受付に報告書が出ていることも既に知っている。
 だから今日は絶対に来るだろうと思っていた。だけれどその男の姿はまだ見えない。
「あー…もう寝ちまおうかなぁ」
 結局イルカが薬を手渡すことができたのは、火影の買い物からかえる途中だった。たまたま通りすぎた茶屋の中で、茶を啜っていた男が里でも有名なヤマブキという医薬開発の男だった。
 ヤマブキは己の顔を隠すためによく変えているが、イルカは受付に座る関係で男の顔を最近見ていたためすぐに分かり、無事に薬を返却した。
 気持ち悪い程愛想のいい男は、嫌なことをイルカに教えてくれた。
 何であの薬をカカシたちが持っているのか。
 当然それは、その手の薬が必要なことが任務上多々あるからだ。だけれど同時に、彼らの遊びににも使われる。それはもう認知してるし、そんなもんだから、返ってこなくても大丈夫だとヤマブキは言っていた。そしてむしろ持ち主の心辺りあるなら返してやっていいよ、と言っていた。
 目を瞑ると、カカシがどこかの女と歩いている姿が浮かぶ。それは少し前の姿。付き合う前のことだが、鮮明にまだ覚えている。言い寄られる姿がよく似合っていた。みなに羨ましがられるような美人な女が似合っていた。
 カカシも、使ったのだろうか。遊びで。または落とすのに。
 別にカカシとこういう関係になったことに後悔はない。だけれど、思うことがあるとすれば、それはカカシにとってよかったのかと思うことくらいだ。
 そこまで考えてイルカは眉間に皺を寄せた。
 付き合っているはずのあの男は、よく縋りつくような瞳で自分を見る。それは普段里の技師やらなんやら言われてる姿からはかけ離れていてほほえましくもあるが、イルカはあまり好きではない。
「俺が一体何したっつーんだ」
 意味も無くあんな瞳ばかりされれば腹が立つ。
 そのくせ言うのは肉体的なことか好きですよ、だ。理由を聞いても、言葉にならず、睨めばすぐに口を閉じる。
「…はぁ」
 イルカはため息をついた。
 自分は女じゃない。だから女のように笑みで帰還を喜ぶことも、抱きしめることも出来ない。似合わない。
 それでもあの男は笑顔で帰ってくる。何を求めているのか。何を考えているのか。
「他のは、使ったのかな」
 ヤマブキは通常薬は6種のセットになっていると言っていた。
 残りも同じような系統の薬なんだろうか。
 イルカはぼんやりとそんなことを考えた。


 カカシのポケットからピルケースが落ちたとき、ああこれかと馬鹿になった頭が反応した。
 中身はもう2つしかなかったが、片方はすぐに自分が拾ったのと同じ系統のものだと分かった。
「え」
 だから目の前で飲んでやった。見せ付けるように、飲み込んだ。
 ああ、なんて腹が立つ。こんなに格好いいくせに、信じられない程強いくせに、なんでそんな瞳で俺を見る。
 その震える瞳は何を求めているのか、さっぱり俺にはわからない。
 どんなことがあったって、あんたがそんな瞳をしたり、謝ったりする必要なんて無いのにだ。
「だから、あんたは馬鹿だって言ってるん、だ……!」
 頭が可笑しくなるくらい、この男とのセックスは気持ちい。痛みもある。だけれど、馬鹿みたいに。本当に自分が男なのか疑いたくなるくらいに気持ちい。
 カカシの瞳が、まだ潤んでいてそこに確かに自分の姿が見える。
 情けない姿だろう。みっともない姿だろう。それでも、確かにカカシの手は、今自分の体に触れている。
 意識がだんだんとぼんやりとしていく。体が芯から熱くなる。
 何かが分かりかけた気がしたが、その頃にはもう何もかも、この体をこの男に触っていてもらえるなら、この男が側にいてくれるならなんでもいいと思えて、ああこれが自分の本心だと実感しながら意識は沈んでいった。



 男の指の感触に、イルカは目を覚ました。
 恐ろしく重い腰とか、痛む関節とか、妙に怯えた顔をしている男に、嫌でも昨夜のことを思い出させられる。でも今日はイルカも目の前の男が慌てている理由が分かるから、まだ気分がいい。理由がわかるなら、それはただの可愛い仕草だ。だけれどいつものように一通り文句を言ってみる。それから、イルカは背中を向けた。
「くっつくな」
 イルカが言うと、男は相変わらず素直にわずかだが、本当にかろうじて触れない程度の距離を開けた。
 なんて素直な反応。情けないくらいの男。
 だけれどイルカは自分の顔が赤くなっていくのを感じた。
 だってもう分かってしまったのだ。幾つかの事実に。そのことを思い出せば、益々イルカの顔は赤くなり、熱をもっていく。
「………耐えられない」
「え」
 約束を忘れたのか、カカシはイルカの呟きに声を出した。
 イルカはがっとベット脇に置かれていたピルケースに手を伸ばすと、もう1つの薬を手に取った。そしてカカシが何か反応する前に、それを砕いて投げつけた。
 油断していたせいか、一瞬カカシは何をされたのか分からなかったようだが、あっという間に顔が赤くなっていく。それは自分と同じ理由ではなく、薬の効果だとわかった。
「え…、え……」
 バタン、とそのまま目を回すようにカカシはベットの上に倒れこむ。
 薬品に耐える体でも、酒まではさすがに耐性をつけていなかったのか。
 イルカは肩で荒い呼吸を繰り返す。動いたせいで体の節々から痛みが訴えられている。
「う、ううう…」
 イルカは訳の分からないうめき声をあげる。
 当分この男の顔を見れない。どこかの乙女みたいで恥ずかしいが、イルカはベットの上で酔っ払って倒れた恋人を前に両手で顔を覆う。
 ああ、だって。
「なんて阿呆なんだよ」
 なんでもいいと思ってしまった瞬間分かってしまった。この人だって男とは恋愛をしたことがないのだ。だから自分を思わず女に接するように扱ってしまってもしょうがないのかもしれない。いや、そもそも自分が男と女の立場に、偏見が入っているだけなのかもしれない。それに気づいてしまえば、更にもう1つ見えてくるものがある。
「ああもう、俺だって好きだってんだ」
 酔っ払って寝ている男に、見えてない顔を隠すように抱きついてイルカは混乱する頭を落ち着けようと必死になる。
 だって分かってしまったのだ。
 この男は、ずっと本気であんな馬鹿なことを言っていたのだと。本気で多分、自分を愛しているのだと。
 こっぱずかしいし勘違いかもしれないけれど、感じてしまったのだ。
「……もう一生目を覚ますな…」
 これから一体、どんな顔をして会えばいいのやら。
 イルカが幾ら悩もうと、混乱は落ち着かず、ひとまずもう一度寝ようとイルカは捨て台詞を吐いて、倒れた男の側で体を丸め、赤い顔のままもう一度目を瞑ったのだった。











以上、薬シリーズでした…
4は余計だったかしら。と思いつつ。